一般社団法人化学物質過敏症・対策情報センター

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土壌菌と腸内細菌の密接な関係④ 翻訳

Does Soil Contribute to the Human Gut Microbiome? 2019 「土は、ヒトの腸内細菌叢に役立っているのか?」という論文の翻訳です。土壌菌と腸内細菌の密接な関係③の続きです。

 

翻訳文責:
一社)化学物質過敏症・対策情報センター
代表理事 上岡みやえ

 

目次

 

5 ヒトの腸内細菌と食事・栄養

生活が都市化し、自然との接触機会が失われたことに加えて、ここ数十年の間に、私たちの食生活も変化しました。

食品を長距離輸送・保管・販売するために、滅菌して保存します。腸の生物多様性は、人工的栄養、糖分、脂肪が多い高エネルギー食品を摂取すると、低下します [65]。

すると、胃腸管に棲む腸内細菌には、選択的圧力がかかります。生存競争のライバルを弱らせるために、宿主の食欲を不健康な食品に向けさせる可能性が高まり、悪循環が生まれてしまいます [65]。

概して、西洋人の腸内細菌は、薬物療法や特定のドラッグによって破壊されてきました。そのことは、デンマークの大規模研究で示されているように、糞便中の腸内細菌の組成が大きく変化することによっても説明されます [66]。

医療用抗生物質の投与量と、肉の消費量が増えたことによって、抗生物質耐性菌と抗生物質耐性遺伝子の数が増加し、深刻な環境問題が引き起こされています。

抗生物質は、病原体だけではなく、ヒトにとって有益な腸内細菌までもを破壊するため、腸内細菌コロニーの組成が激変してしまいます。

抗生物質耐性菌は、抗生物質耐性遺伝子の水平伝播を介して、腸内細菌のコロニー間に広がっていく可能性があります。細菌の密度が高い腸内は、抗生物質耐性菌が増えやすい場所といえます [21]。

大量の細菌が凝集する都市の下水道は、抗生物質耐性菌が増えやすいホットスポットです [67]。

この文脈においては、遺伝子組み換え作物の消費についても注意し、検討する必要があります。なぜなら、改変された遺伝子は、細菌を介して根圏または腸に移動する可能性があるからです[21,68]。

臨床および質問票ベースの共変量を含む、糞便中の腸内細菌についての大規模研究では、便の硬さと糞便中の腸内細菌組成が連動していること、糞便中の腸内細菌組成を大きく変動させる要因が経口薬であることが報告されています [66]。

糞便中の微生物組成は、複合的要因によって決定されます。食物繊維や果物の摂取量、パンの好みなども要因のひとつです。

ヒトの腸内細菌形成と食事内容が関連しあっていることは、マルチネスらの研究によって強く裏付けられています[54]。パプアニューギニアの発展途上エリアでは、その地域で一般的に使用されている抗生物質よりも、植物性食物繊維と炭水化物が豊富な食事のほうが、腸内細菌叢の予測因子として強力であることが示されています。

薬物療法を受けられない狩猟採集民の腸内細菌叢[55]は、男性と女性の間で門レベルまたは属レベルの存在量に有意差が見られます。伝統的に、男女間で、仕事の役割分担と食事内容が異なっていることの証左といえるでしょう。

狩猟採集民においては、家族と一か所にとどまって、でんぷん質や繊維質が豊富なイモ類を食することが多い女性と、狩猟に出かける男性とでは、腸内細菌叢の形成のされ方が異なるのです [55]。

タンザニアの採集狩猟民の腸内細菌叢では、ビフィズス菌の含有量が少ないか、まったく存在しないことが観察されています [55]。ビフィズス菌は通常、母乳で育てられている乳児に豊富に見られる細菌です [36]。

ビフィズス菌は、生後1年未満の乳児では、腸内細菌叢の主たる構成要素です。ビフィズス菌は、乳製品や肉の消費量が多い西洋文明圏では、腸内細菌叢の重要な構成要素でもあります[54]。

ヴィーガンの腸内細菌叢では、食物繊維を利用する細菌よりも、ビフィズス菌の割合が低い [54,69] ことは、動物性食品の摂取量が多いなどの食習慣によって、腸内細菌叢の組成が、腸内細菌の機能に応じたものに変化していくという考え方を補強するものです。

西洋化されていない集団の腸内細菌叢は、ベジタリアンやヴィーガンの腸内細菌叢と似通っています [69,70]。

伝統的にタンパク質が豊富な食事をしてきたアメリカ先住民の腸の遺伝子は、肉食哺乳類のそれと類似していることが観察されています [36]。

伝統的にトウモロコシとキャッサバを食べてきたマラウイ人(東アフリカに居住)とアメリカ先住民の腸内細菌叢では、現代アメリカ人の腸内細菌叢とは対照的に、グルタミン酸シンターゼをコードする機能遺伝子の割合が高いことが報告されています。

これは、草食性哺乳類と肉食性哺乳類の違いとよく似ています [36]。

これに関連してデンマークで行われた研究では、腸内細菌叢の形成に関連すると考えられていた食習慣が、興味深いことに、果物、パン、アルコール消費など、炭水化物の組み合わせと関連性があると特定されました [66]。

食品の中には、腸内細菌叢へ予測可能な変化をもたらすものがあります。ヒトの腸内細菌叢の組成は、食事の影響を受けている可能性があるのです [70]。

ヒトの食生活は、工業化に伴って、その地域で収穫される多種類の旬作物から、少数の高収量品種へと変化していきました。

土壌の生物多様性は、単一作物の生産と農薬使用(図1)が相まって、減少し続けています。

土壌微生物は、植物内部にコロニーを形成するため、土壌の生物多様性と植物の微生物叢の多様性は、収穫前と収穫後では、異なっている可能性があります[71]。

ヒトのライフスタイルの変化の中には、食べる前に行われる、収穫後の工程も含まれます(図1)。

収穫後の工程には、洗浄、粉砕、分離、混合、乾燥/水和、加熱、分散、包装、保管、流通、輸送などが含まれます。

しかし、土壌の生物多様性、特に共生微生物を維持することができれば、食品保存対策を減らしていけるかもしれません。

アーバスキュラー菌根菌などの植物と共生している微生物は、ジャガイモなどの主要作物の貯蔵中に発生する害虫を減らすことが示されています[71]。

微生物の多様性は、塊茎病のリスクを効果的に減らしてくれます[71]。

根に共生する微生物は、害虫リスクを減らすことに加えて、ビタミンやミネラルの含有量(マクロおよびミクロ元素)、抗酸化物質など、ヒトの健康に有益な植物二次代謝産物とともに、食品や作物中の栄養価を高めてくれています[71,72 ]。

植物二次代謝産物:
植物の生存に必須である糖、有機酸、アミノ酸、脂質などを一次代謝産物、それ以外の多様な構造を持つ成分を二次代謝産物と呼ぶ。植物による外的への防御、ストレス耐性、昆虫の誘引などにかかわると考えられている。
(理化学研究所)

 

このことは、土壌の生物多様性を促進するような土壌管理を行っている農場で作られた物を食べることで初めて、「健康的な食事」と「健康的な生活様式」は対になれることを意味しています。

ブロッコリー、カリフラワー、キャベツなどのアブラナ科の苦味を減らすための品種改良によって、農産物中の栄養価が、現代的な変化を遂げてきました。

苦味を作り出しているのは、植物が病原体に抵抗するのを助ける、そして制がん性代謝体と考えられているグルコシノレートです。

したがって、ほとんどの場合、ヒトの腸内に、グルコシノレートの消化機能が発現することはありません[21]。

この栄養への調整は、ヒトの腸内で薬物が代謝され分解されていくように、機能遺伝子を介して行われる可能性があります。

特に土壌の生物多様性によって植物二次代謝産物が作られやすくなるため、、品種改良されていない新鮮な果物や、苦味のある野菜を食することは、ヒトの健康にとって有益です[71]。

パンなど加工度が高い食品では、土壌菌によって生み出された二次代謝産物は、加工工程において失われてしまいます。たとえ生物多様性が豊かな土で育てた作物であっても、です。腸に届くのは、様々な炭水化物源や食物繊維だけです[71]。

多くの先進国で一般的となった大規模農場では、収量を最適化するために、少数の作物を単一栽培する、集約的農業を行っています。従来の小規模農場とは対照的です。

大規模農業によって、食べるものの種類が減り、農薬散布による化学汚染という脅威が増してきています。

したがって、有機栽培された作物は、大規模農業によって栽培された作物よりも、より多くの着生植物やエンドファイトを有しているのです[21]。

 

エンドファイト:
植物の体内に共生する真菌や細菌などの微生物の総称。植物の生存に役立つ生理活性物質を産生するほか、家畜の中毒を引き起こす毒素をつくる微生物もいる。広義には根粒菌や菌根菌も含まれる。内生菌。
(デジタル大辞泉)

 

農業土壌のメタ研究は、有機農業が土壌微生物の豊富さと活動を強化する手段であることを示しています[73]。

畜水産物に抗生物質を与えたり、食品加工によってエンドファイトを排除することによって、ヒトの腸内細菌に直接的影響が起きることが分かっています。

土壌の生物多様性によって植物二次代謝産物が多く生成され、様々なエンドファイトが息づいている、食物繊維が豊富なものを食することによって、腸に好ましい影響がもたらされます。


 

土壌微生物と腸内細菌の密接な関係⑤ へ続く