以下、Antibiotics as Major Disruptors of Gut Microbiota 2020 (腸内細菌の主たる破壊因子としての抗生物質) という論文の翻訳です。
翻訳文責:
一社)化学物質過敏症・対策情報センター
代表理事 上岡みやえ
要約
培養に依存しない研究技術の進歩によって、腸内微生物叢(いわゆる腸内細菌)と、それが健康と病気に及ぼす役割についての理解が深まりつつあります。
腸内では、微生物の複雑なコミュニティが、相互依存的な代謝システムとしてネットワーク化されています。
現在、腸内微生物叢は、人体の正常な発達と機能において、特に適応免疫系のきっかけとしても、そしてその成熟過程においても不可欠な存在であると理解されています。
抗生物質の使用によって、微生物種の多様性が低下し、代謝活性が変化し、抗生物質耐性菌が多様化し、腸内微生物叢に悪影響を及ぼしたり、感染症や抗生物質由来の下痢になりやすくなる可能性があります。
幼児期に抗生物質へばく露したことが、胃腸や免疫、および神経認知の状態に影響を及ぼしていることを示す証拠もあります。
近年の抗生物質使用量の増加によって、こうした問題が、これからさらに深刻化し、より蔓延してしまう可能性があります。
この課題に取り組むには、腸内微生物叢の構造と機能に関する継続的な研究が必要です。
イントロダクション
ここ数十年の科学の進歩によって、ヒトの腸内細菌が、健康と病に果たす役割の大きさが知られるようになってきました。
消化管に生息する非病原性微生物の多くは、培養困難のため、最近まで研究されてきませんでした。
しかし、分子技術が進歩したおかげで、実験的証拠によっても、臨床的証拠によっても、人体の最適な機能には、腸内細菌が必要であると示されるようになりました。
1885年、ルイ・パスツールは、無菌環境で飼育された動物は生き残れないという仮説を立てましたが、Bernard S. Wostmann らの研究チームが、無菌状態で動物を繁殖させる方法を開発したときに、その仮説は間違っていたことになりました。
その一方で、無菌環境で飼育された動物は、栄養豊富な食物を大量に必要とすること、それでも、通常の動物と比較して、成長と発達がうまくいっていないことも判明しています。
無菌環境で飼育された動物は、心臓、肺、肝臓が小さく、心拍量が低く、腸壁が薄く、胃腸の運動性が低下していて、血清ガンマグロブリンレベルが低く、リンパ節が萎縮していたのです。
これらの欠陥のほとんどは、通常の条件下で飼育された動物から腸内細菌叢を導入することによって回復しました。
腸内細菌のコロニー形成は、生命にとっては不可欠とまではいえないかもしれませんが、健康にとっては重要です。
無菌環境で飼育された動物から得られた知識は、現在、共生微生物の研究を通じて、ヒトの生理学ならびに医学に貢献しています。
口から肛門までの胃腸管は、微生物にとってのニッチ(生物の種や個体群が占める特有の生息場所。生態学的地位とも)です。
そこには人体における最大のコロニーと、3.9×1013 と推定される細菌細胞が存在します。培養技術とゲノム解析を組み合わせて、糞便サンプルを調査することができます。
磁気共鳴画像法は、大腸に数百グラムの微生物が生息していることを示しています。
大腸には、微生物の増殖に最適な条件(一定の温度、無酸素、運動性の遅さ)がそろっているためです。
抗生物質は、20世紀最大の発明であり、医学を進歩させた要因として認識されています。
全世界での抗生物質使用量は、2000年から2015年の間に65%増加しました。
抗生物質治療そのものには、明らかな悪影響はありません。
ただし、抗生物質は、腸内細菌に重大な変化を引き起こし、短期的および長期的な健康不良をもたらす可能性があります。
生まれて間もない頃に抗生物質を投与された子は、小児喘息、アレルギー、気道疾患にかかりやすいのではないかと、長い間疑われてきました。
観察研究によって、胃腸感染症、体重増加および肥満、炎症性腸疾患(IBD)、結腸直腸癌など、増えるばかりの疾患が、抗生物質投与によって引き起こされていたことが示されています。
抗生物質投与が引き起こした、もう1つの深刻な事態は、抗生物質に耐性をもつ細菌を出現させたことです。
本稿の目的は、人間の健康における腸内細菌の重要性に関する文献をレビューし、抗生物質使用に関するリスクを説明し、これらのリスクを最小限に抑えるためのアプローチについて、その概要を説明することです。
ヒトの腸内細菌
微生物叢は、特定の環境に存在する微生物の集合体として定義される言葉ですが、「マイクロバイオーム/microbiome」は、微生物(細菌、古細菌、下部および高次の真核生物、ウイルス)と、それらのゲノム、および環境条件を含む生息地全体を意味する言葉です。
ヒトの消化管に生息する細菌、古細菌、真核生物(真菌および原生生物)、ウイルスは、総称して「ヒトの腸内細菌」と呼ばれます。
腸内細菌の組成
共生微生物のゲノムは、単体では生存できない可能性が高いです。
つまり、ヒトの腸内に見られるような、複雑かつ相互依存的な代謝ネットワークを有する、多種多様な微生物のコロニーは、ほとんどの共生微生物にとっての自然環境なのです。
遺伝子解析(DNA配列の決定)と生物情報学(生物が持っている様々な情報を計算機で解析する学問。バイオインフォマティクス)を組み合わせた、培養に依存しない研究方法の開発によって、ヒト腸内微生物叢の研究は飛躍的に進歩しました。
原核生物(細菌および古細菌)の種の多様性を、分類学的に同定し評価するための、最も一般的な方法の1つは、リボソームRNA(16S rRNA)のサブユニットをコードしてDNA配列を決定することです。
細菌領域を構成する 55 の門のうち、ヒトの腸内に存在するのは 7 ~ 9 門だけです。そしてその大部分(90%)は、バクテロイデス門とファーミキューテス門に属しています。
その他、ヒトの腸内で共通して識別される門は、プロテオバクテリア、放線菌、フソバクテリア、ウェルコミクロビウムです。古細菌は、ほとんど検出されていません。
培養に依存しないもう 1 つの研究方法は、サンプル内に存在するすべての遺伝子の一覧を作成する全ゲノムシーケンシングです。
全ゲノムシーケンシングにより、機能ネットワークと代謝ネットワークの分析、ウイルス、酵母、原生生物など細菌以外の微生物の遺伝子を検出することも可能になりました。
ヒトの糞便サンプルでは、合計で、約 1,000 万個の非冗長微生物遺伝子が特定されています。
ヒトの胃腸管には、平均して60万個の、重複しない微生物遺伝子が存在しています。そのうち30万個の遺伝子は、ヨーロッパ、北アメリカ、中国に住む人々に共通しています。
同じ個体であっても、内腔と粘膜では、微生物叢に違いがみられます。盲腸から直腸までの内腔に生息する細菌種は、多様性に富んでいます。
通過時間が遅い盲腸では、単糖が不足しているため、発酵性多糖類を分解する嫌気性細菌、特にPrevotella、Roseburia、Faecalibacterium、Lachnospira、Eubacteriumの増殖が促進されます。
結腸の遠位部では、粘液分解菌とタンパク質分解菌が一般的です(例:バクテロイデス、ルミノコッカス、アッカーマンシア、ビフィドバクテリウム、メタノブレビバクター、デスルフォビブリオ、プロテウス、エシェリヒア)。
回腸末端から直腸までの粘膜関連細菌は、門および属レベルでより安定している傾向がありますが、同じ腸領域内でも、ところどころ不均質であることが報告されています。
腸内細菌を構成する菌株の大半は、数十年にわたって定着していますが、特定の個人においては、相対的な存在量は、時間経過とともに変化します。
ただし、縦断的研究では、食事、薬物摂取、ライフスタイル (喫煙、旅行、身体活動)、併存疾患、結腸通過時間などの要因)が、特定の宿主から採取した糞便サンプルの腸内細菌組成に影響を与えることが示されています。
腸内細菌叢の組成変化は、急性感染性下痢の発症や抗生物質治療後などによって激化する可能性があるものの、時間経過とともに、乱れる前の状態に戻る傾向があります。これを回復力と呼びます。
腸内細菌叢の多様性は、年齢とともに変化します。乳児期から成人期にかけて増加し、高齢になると減少します。
高齢者の腸内細菌の変化は、虚弱性、栄養状態、炎症マーカーの指標とび相関性が見られます。食事による腸内細菌の組成変化が、加齢に伴って健康が衰える速度に影響していることが示されています。
各個体の腸内細菌には、他の個体には見られない、固有の菌株が多く含まれています。腸内細菌の組成における個体間の差異は、個体内の差異よりも、はるかに大きいです。
性別、民族、地理的位置は、腸内細菌の分類学的組成に影響を与えます。
例えば、ヨーロッパや北米の大都市圏の成人の糞便に含まれる微生物の種類は、アフリカや南米の農村部の成人のそれよりも、多様性が低いことがわかっています。
エンテロタイプ
個体内ならびに個体間の違いにもかかわらず、アメリカ人、ヨーロッパ人、および日本人の糞便サンプルの微生物組成の分析は、属レベルにおける腸内細菌叢の構造に、類似性がみられました。
多次元尺度構成法と主座標分析により、3つのクラスター、つまりエンテロタイプの存在が明らかになりました。
エンテロタイプ:
腸内に常在する3種の細菌の比率によって区別される腸内細菌叢の型。
各クラスターは、1つの属が優勢であることがわかりました。
・エンテロタイプ1:バクテロイデス
・エンテロタイプ2:プレボテラ
・エンテロタイプ3:ルミノコッカス
て特徴づけられます。
年齢、性別、国籍、肥満指数によっては、クラスター分類することはきませんでした。
この研究結果は、バランスの取れた腸内微生物叢の数が限られていることを示しています。
腸内細菌の組成が人によって異なることは、腸内細菌の組成が、様々な細菌の相互作用によって決定されることを意味します。
エンテロタイプの臨床的意義を知るための研究も進められています。バクテロイデス属のエンテロタイプは、腸内細菌の遺伝的多様性の低下、インスリン抵抗性、および肥満と非アルコール性脂肪性肝炎のリスクに関連づけられています。
意外なことではないでしょうが、長期におよぶ食事パターンは、腸型を決定する要因の1つである可能性が高いです。
動物性タンパク質と脂肪が豊富な食事を続けていると、バクテロイデス属の腸型になりやすく、植物性炭水化物が豊富な食事を続けていると、プレボテラ属の腸型になりやすいようです。
機能
ヒトの腸内細菌の機能は、代謝、防御、栄養の 3 つのカテゴリに分類されます。
腸内細菌の代謝機能には、消化できない食物基質の発酵とエネルギーおよび栄養素の回収が含まれます。
ヒトの場合、炭水化物の消化のための酵素資源はアミラーゼと二糖類分解酵素に限られているため、野菜、果物、ナッツ、全粒穀物の消化は主に腸内細菌によって行われます。
さらに、結腸で行われる複合炭水化物の発酵によって、ヒトの体が吸収できる短鎖脂肪酸が生成されます。
フィーカリバクテリウム・ プラウスニッツイ などが産生する酪酸は、インターロイキン 17 を阻害し、制御性 T 細胞を生成します。実験マウスでは抗炎症効果を発揮しています。
結腸に定着している腸内細菌は、異物など外来化合物を分解します。また、アミノ酸やビタミンの合成にも寄与しているため、食事内容が単調であっても、様々な栄養素を提供できるのです。
腸内細菌は、カンジダ や クロストリディオイデス ディフィシル などの病原性を持つ土着の真菌や細菌と、付着部位や栄養素をめぐって競合することで 防御機能を果たし、これらの病原性を有する菌類の侵入や過剰増殖を防いでいます。
常在菌は、バクテリオシンを産生することで、競合相手の増殖を抑制ししています。
腸内細菌の栄養機能には、上皮細胞の増殖と分化の促進、腸の運動活動と腸由来の神経内分泌経路の刺激、免疫系と中枢神経系の調節などが含まれます。
適応免疫系の誘導と調節は、腸内細菌叢の栄養機能の主な側面の 1 つです。
表面積が広い消化管は、常に、様々な抗原にさらされているため、腸の免疫は、免疫系全体の中で最大かつ最も複雑な部分を構成しています。成人では、体内で生成される抗体の、少なくとも 80% は腸粘膜由来です。
腸の免疫系は、病原体と、食物由来の抗原、あるいは非病原性の常在菌由来の抗原を区別できなければなりません。外来抗原に対する炎症反応が、宿主に害を及ぼす可能性があるからです。
腸内細菌はまた、リンパ組織の成長、T 細胞と B 細胞の分化、免疫寛容の確立を刺激することで、適応免疫系の発達に影響を及ぼしています。
腸内細菌の乱れ~腸内毒素症
腸内細菌の持続的な乱れを「腸内毒素症」と言います。
腸内毒素症は、宿主由来の要因と、環境に由来する要因によって引き起こされる、腸内細菌の組成と機能の変化として定義されます。腸内毒素症は、腸内細菌の生態系によって保たれている抵抗力と回復力を打ちのめします。
腸内細菌の組成変化は、いくつかの非感染性疾患を発症させ、慢性化させている可能性があります。
腸内細菌の組成変化と疾患との関連性を示す研究はたくさんあります。
特定されている疾患には、クロストリジウム・ディフィシルに関連する反復性下痢、炎症性腸疾患(IBD)など、いくつかの腸疾患、大腸がん、非アルコール性脂肪肝炎、2 型糖尿病、肥満、進行性慢性肝疾患などがあります。
注意すべきは、これらの研究では、方法論が標準化されていないためか、研究結果に一貫性がないことです。
腸内細菌の組成変化は、必ずしも疾患の発症原因となっているわけではなく、疾患の結果である可能性があります。
したがって、追跡調査としてのコホート研究、特に腸内細菌の組成を回復させる可能性がある介入に関する研究が必要です。
とは言うものの、げっ歯類の研究では、糞便移植によって、インスリン抵抗性、肥満、不安、腸の炎症など、特定の疾患の表現型を引き起こせることが分かっています。
つまり、腸内細菌の組成変化は、疾患の発症原因となりうるのです。
ヒトでは、クロストリジウム・ディフィシル感染症 (CDI) によって引き起こされる再発性下痢の治療において、糞便移植が有効であるとされています。
糞便移植をクロストリジウム・ディフィシル感染症 (CDI) の治療ガイドラインとして推奨している国もあり、糞便移植は、この疾患の標準治療法となっています。
ただし、糞便移植は、炎症性腸疾患(IBD)の治療においては、芳しい成果を出していません。
進行性の潰瘍性大腸炎を寛解させる治療法として、糞便移植を評価したランダム化試験が 4 件存在します。これらを統合すると、対照群との比較においては、統計的な改善が見られました。
8 週間の比較調査では、糞便移植をした被験者の37% が寛解状態になっていましたが、対照群では、寛解状態になった被験者は18% でした。
該当患者が有していない腸内細菌の種類を特定し、それを補充できる移植材料を定義し、侵略的で、過剰作用するような微生物の移植を避けるには、より多くの追加研究が必要です。
種の多様性の喪失は、乱れた腸内微生物叢の一般的な特徴のようです。
腸内細菌の多様性が低いと、炎症を抑制する腸内細菌よりも、炎症を誘発する腸内細菌のほうが過剰になり、腸の炎症や、粘膜バリアの機能障害を誘発する可能性があります。
腸内細菌の多様性をはかる指標として、糞便に含まれる微生物の遺伝子数を調べた研究では、微生物の遺伝子数が少ない人は、遺伝子数が多い人に比べて、インスリン抵抗性、レプチン抵抗性、肥満、脂質異常症、明らかな炎症性疾患を示す可能性が高いことが分かりました。
こうした観察結果は、腸内細菌の多様性が低い個体は、メタボリック シンドローム (肥満、動脈性高血圧、2 型糖尿病、脂質異常症、非アルコール性脂肪性肝炎) を発症するリスクが高まることを示唆しています。
腸内細菌の機能性の観点からは、微生物遺伝子数が少ないことは、宿主の短鎖脂肪酸 (特に酪酸) の産生量低下と関連していると考えられています。
酪酸の生成に失敗すると、粘膜への酸素の流れが増加します。すると、酸素耐性細菌の生存が有利になり、嫌気性細菌の回復が妨げられ、微小生態系が乱れます。
このように、腸内毒素症は、宿主と腸内細菌の共生バランスの崩壊として説明されます。
こうした変化は、生態系の回復力に深刻な影響を及ぼすとともに、不均衡が慢性化する恐れが増します。
腸内細菌叢に対する抗生物質の効果
抗生物質治療は、腸内細菌の全体的な多様性を低下させ、いくつかの重要な分類群を喪失させます。
これに続いて代謝が変化し、腸内細菌のコロニー形成への感受性が高まり、抗生物質耐性菌の成長が促進されます。
多様性の低下
抗生物質を使用すると、腸内細菌の多様性が低下します。
小児の場合、抗生物質治療を受けると、腸内細菌の多様性をとり戻すには、約 1 か月かかると報告されています。
成人では、メロペネム、ゲンタマイシン、バンコマイシン を併用投与すると、腸内細菌科および病原性細菌の有病率が増加し、ビフィズス菌および酪酸産生種の減少が見られました。
腸内細菌の基本的組成は、1.5 か月以内にほぼ回復しましたが、いくつかの一般的な菌種は、残りの観察期間 (180 日間) にわたって検出されませんでした。
抗生物質は、腸内細菌の菌種間に存在するバランスを崩すことがあります。
抗生物質は種の多様性を減少させるため、毒素産生性クロストリジウム・ディフィシルなどの病原性細菌の過剰増殖につながる可能性があります。
腸内細菌の多様性の減少は、必ずしも細菌全体の数の減少を意味するわけではないことには注意が必要です。
抗生物質への感受性がある細菌が排除されると、抗生物質に耐性がある細菌ばかりが増殖して、居住区域を独占します。
抗生物質治療によって、腸内細菌の多様性が低下したとしても、全体としては、微生物負荷が増加する可能性があります。
広域スペクトル抗生物質を用いる治療を受けた患者の研究では、7日間にわたるβラクタム治療によって、糞便サンプルの微生物負荷が2倍になったことが判明しています。
この研究では、広域スペクトル抗生物質を用いる治療によって、バクテロイデス属とフィルミクテス属の比率が増加したことが報告されています。
メタボロームの変化
メタボローム:生物の細胞や組織内に存在するタンパク質や酵素が作り出す代謝物質の総称 (日本大百科全書)
生物システムに見られる小さな分子 (<1500 Da) の完全集合は、そのシステムのメタボロームと呼ばれています。
抗生物質が腸内メタボロームに与える影響は、腸内細菌の多様性に与える影響ほど、十分には研究されていません。
メタボロームに余分な重複があることが、この分野の研究をより複雑なものにしています。
こうしたハードルがあるにも関わらず、抗生物質がマウスの腸内メタボロームに与える影響のいくつかは説明されています。
若いマウスの研究では、低用量の抗生物質が、肥満の増加と、炭水化物、脂質、コレステロールの代謝に関連するホルモンの増加をもたらしました。
別の研究では、(抗生物質の)バンコマイシン-イミペネム の投与により、糞便中の アラビニトール(カンジダ属の主要な代謝産物)および糖(スクロースなど)のレベルが上昇しました。
これらの化合物のレベルが上昇すると、おそらくは成長基質として作用して、クロストリジウム・ディフィシル感染症 (CDI) に対する感受性が高まります。
バンコマイシン-イミペネム は、通常アラビニトールをペントース糖に変換する ラクノスピラ科 と ルミノコッカス科 に属する菌の相対的存在量を減少させました。
バンコマイシン-イミペネム の投与を中止した直後、わずかながら、アルギニン レベルの有意な減少が観察されました。
このことは、大腸菌と赤痢菌の増加と、ルミノコッカス科 と バクテロイデス科 に属する菌の減少は、相関しています。
バンコマイシン-イミペネム の投与終了から 9日後に観察されたアルギニンの増加は、エンテロバクター属の増加と、アリスティペス属の抑制に関連しています。
(アミノ酸のひとつ)アルギニンは、いくつかの免疫調整物質の前駆体として機能しています。
抗生物質にばく露すると、腸内のメタボロームが変化します。それが、腸内細菌の変化と相関する場合がありますが、そうでない場合もあります。
メタボリック シンドロームの患者に、バンコマイシンを経口投与すると、糞便中の二次胆汁酸が減少するとともに、食後の血漿中の一次胆汁酸が増加しました。
これと同時に、バンコマイシンは、末梢インスリン感受性を低下させました。
抗生物質によって胆汁酸の代謝機能が変化すると、宿主の生理機能と感染感受性に影響が及ぶ可能性があります。
抗生物質耐性
抗生物質耐性とは、同種の細菌を阻害または殺せる抗生物質濃度に耐えることができる、細菌の能力と定義されています。
抗生物質耐性は、抗生物質を産生する細菌が。自らの産生物から身を守り、他の微生物と競争する方法として獲得された能力です。
抗生物質耐性は、世界中で、公衆衛生上の重大問題として懸念されています。
2000 年から 2015 年の間に、世界の抗生物質消費量は 65% 増加しました。最も一般的に使用されている抗生物質は、アモキシシリン と アモキシシリン/クラブラン酸 です。
2000 年から 2015 年の間に、抗生物質の使用が最も増加したのは発展途上国です。発展途上国と先進国の間の、抗生物質格差は縮小しました。
抗生物質耐性は、米国では年間 35,000 人、ヨーロッパでは年間 25,000 人の死因と推定されています。
抗生物質耐性による年間死亡者数は、2050 年までに、北米で 317,000 人、ヨーロッパで 390,000 人、ラテンアメリカで 392,000 人、アフリカで 4,150,000 人、アジアで 4,730,000 人に達すると予想されています。
世界保健機関は、抗生物質耐性関連の死亡者数は、 2050 年までに 1,000 万人に達する可能性があるとしています。
中国では、家畜への抗生物質の大量使用により、抗生物質耐性菌が、劇的に増加しmした。
店頭やインターネットで、抗生物質を入手できるようになったため、抗生物質の不適切使用が増えたことも、抗生物質耐性菌を増加させる原因になっています。
抗生物質耐性菌が蔓延すると、治療が困難で、さらには医療費がかさむ感染症が発生します。
抗生物質耐性によって、それまでの抗生物質の効果が失われると、新しい抗生物質を使用しなくてはならなくなります。
新しい抗生物質は高価なため、感染症が流行している国では、抗生物質を必要とする大衆が利用できない可能性があります。
細菌は、抗生物質の影響を回避するために、細胞膜を介した抗生物質の吸収を防ぐ、抗生物質を改変または分解する酵素プロセスを開発する、抗生物質が標的とする分子を変更する、特殊な排出タンパク質を介して細胞から抗生物質を積極的に除去するなど、さまざまなプロセスを開発してきました。
抗生物質を中和できる細菌酵素には、β-ラクタマーゼ、アミノグリコシド修飾酵素、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼなどがあります。
細菌には、抗生物質の分子標的を変異させる能力があります。構造変化は些細でも、抗生物質とその標的分子間の、非常に特異的な相互作用を妨げることができます。
たとえば、ペニシリン結合タンパク質の変異はβ-ラクタムの効力を減らし、23S rRNAの変異はマクロライド、リンコサミド、ストレプトグラミンBに対する耐性を付与します。DNAトポイソメラーゼIIおよびIVの変異によって、キノロンおよびフルオロキノロンに対する耐性がうまれます。
細菌は、細菌細胞膜にある排出タンパク質を介して、抗菌剤を排出することができます。
これらのタンパク質は、抗生物質だけに働く場合もありますが、ほとんどは多剤トランスポーターです。
耐性のもう1つのメカニズムは、外膜透過性を低下させ、抗生物質の摂取量を減少させることです。
ヒトの腸内細菌には、抗生物質への耐性遺伝子が貯蔵されています。
抗生物質治療を受けると、腸内に存在する耐性遺伝子の貯蔵量が急増加しますが、治療を中止すると、徐々に減少します。
抗生物質への耐性を有する腸内細菌は、出生時に母親から新生児に受け継がれ、その後数週間保有されることがあります。
スウェーデンでは、テトラサイクリンを投与されていない乳児の大腸菌(常在菌)を調べたところ、その12% から、テトラサイクリン耐性菌が検出されました。
抗生物質使用の臨床的結果
短期および中期の結果
抗生物質関連下痢
抗生物質関連下痢 (AAD) は、抗生物質の投与に伴って発生し、それ以外では説明できない下痢と定義されています。
この下痢は、抗生物質治療の最中と、治療中止後最大 8 週間まで継続する可能性があります。
通常、腸上皮の恒常性は、厚い粘液層や、腸上皮の完全性を維持するためのタイトジャンクションなど、いくつかのメカニズムによって維持されています。
腸内細菌の数は、抗菌ペプチド(C 型レクチン、ディフェンシン、カテリシジン)によって制御されています。抗菌ペプチドは、腸内細菌の対病原菌パターンに応じて、分泌型免疫グロブリン A(IgA)とともに粘液層に分泌されます。
抗生物質にさらされると、正常な腸内細菌のサブセットが排除され、腸内細菌の対病原菌パターンへのばく露が減り、抗菌ペプチドの分泌が減少します。
さらに、一部の抗生物質は、粘液層を薄くし、タイトジャンクションの破壊を引き起こし、腸上皮が損傷を受けやすい状態にします。
対病原菌プロテアーゼの変化も、粘膜バリア機能に影響を与える可能性があります。こうしたプロセスは、全体として、病原性細菌の侵入を促進します。
抗生物質を投与された患者の 抗生物質関連下痢 (AAD) 有病率は約 5~35% です。
5~10 日間にわたって抗生物質を投与された外来患者(成人)を対象とした研究では、抗生物質関連下痢 (AAD) の発生率は 17.5% でした。
抗生物質関連下痢 (AAD) の臨床経過は、C. ディフィシル が関与しているかどうかによって異なります。C.ディフィシル が関与していない 抗生物質関連下痢 (AAD) のほとんどは軽症で、症状を呈していたのは数日間だけ、そして自然治癒しました。
メタ分析では、特定の菌株のプロバイオティクスが、抗生物質関連下痢 (AAD) の予防に有効である可能性が示されています。
プラセボまたは無治療と比較して、抗生物質で治療された成人および小児における 抗生物質関連下痢 (AAD) のリスクは、ラクトバチルス ラムノサス GG (相対リスク0.49;95% 信頼区間 0.29~0.83)または サッカロミセス ボウラディ (リスク比0.49;95% 信頼区間、0.38~0.57)が含まれるプロバイオティクス療法によって、大幅に減少しました。
2016年に欧州小児消化器病学・肝臓学・栄養学会が作成したプロバイオティクスとプレバイオティクスに関するガイドラインでは、小児の抗生物質関連下痢 (AAD) 予防に 中程度のエビデンスがあるとして、ラクトバチルス ラムノサスGG と サッカロマイセス・ブラウディが、強く推奨されています。
クロストリジウム・ディフィシル菌関連の下痢
クロストリジウム・ディフィシル菌 は、胞子形成、グラム陽性、嫌気性の桿菌です。胞子は乾燥しており、化学物質や、極端な温度に対する耐性が強いため、何年にもわたって生存できます。
クロストリジウム・ディフィシル菌 は、腸粘膜を損傷する可能性がある毒素 A と B を生成します。
米国では、2011 年、クロストリジウム・ディフィシル感染症 (CDI) は、453,000 件の症例報告があり、29,000 件の 関連死亡が記録されています。
クロストリジウム・ディフィシル感染症 (CDI) は、かなりの割合で、院内感染によって発症しています。発生率は、地域社会では 100,000 人あたり約 20 件/年、退院 1,000 件あたり約 15 件/年です。
クロストリジウム・ディフィシル感染症 (CDI) の、最たるリスク要因は、抗生物質の使用です。アンピシリン、アモキシシリン、セファロスポリン、クリンダマイシン、フルオロキノロンが広く使われています。
抗生物質治療の期間が長くなり、使用薬剤が増えるほど、クロストリジウム・ディフィシル感染症 (CDI) への感染リスクが高くなります。
その他のリスク要因には、高齢者、免疫力低下、入院 (特に集中治療室) などです。
下痢患者が クロストリジウム・ディフィシル感染症 (CDI) に罹患しているかどうかは、便中の細菌検査によって判断します。
クロストリジウム・ディフィシル感染症 (CDI) は、血清アルブミン値が 3 g/dl 未満、白血球数が 1 mm3 あたり 15,000 以上、そして腹部圧痛がある場合に重症とみなされます。
便サンプル中の クロストリジウム・ディフィシル菌 を検出するための 2 段階アルゴリズムが提案されており、これを使用すると、4 時間以内に診断がつきます。
ステップ 1
クロストリジウム・ディフィシル菌 に特異的なグルタミン酸脱水素酵素抗原の有無を確認する
ステップ2
毒素 A または B の有無を確認する
ステップ 1によって、、疑わしい症例の約 87.3% を除外できます。ステップ2で毒素が検出されない場合は、培養を行います。
クロストリジウム・ディフィシル感染症 (CDI) は、軽症~中程度の場合には、メトロニダゾール 500 mg を 1 日 3 回、10日間にわたって経口投与することが推奨されています。
重症の場合は、バンコマイシン 125 mg を 1 日 4 回、 10 日間にわたって経口投与します。
クロストリジウム・ディフィシル感染症 (CDI) の原因となった抗生物質は、可能であれば中止します。
いくつかのメタ分析では、抗生物質を投与されている小児または成人では、クロストリジウム・ディフィシル感染症 (CDI) 予防として、プロバイオティクスを服用することが評価されています。
2 つのメタ分析では、抗生物質治療に加えて、プロバイオティクスを投与された成人患者では、プラセボを投与された患者よりも クロストリジウム・ディフィシル感染症 (CDI) の発生率が低いことが示されています。
その一方で、プロバイオティクスが クロストリジウム・ディフィシル感染症 (CDI) を予防するというエビデンスがあるとしても、プロバイオティクスを日常的に服用することを支持するには不十分だとする意見もあります。
ヘリコバクターピロリ菌感染症
ヘリコバクター ピロリ菌 (Hp) は、グラム陰性でらせん状の微好気性細菌で、ヒトの胃粘膜に定着します。
ヘリコバクター ピロリ菌 (Hp) 感染は、胃粘膜に炎症反応を引き起こしますが、ほとんどの場合、軽度で無症状の反応です。
ただし、なかには、ヘリコバクター ピロリ菌 (Hp) への感染によって、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、腸上皮化生、胃がんを引き起こす人がいます。
今のところ、クラリスロマイシン耐性が高い地域 (>15%) では、ビスマス 4 剤併用療法または非ビスマス 4 剤併用療法 (例: プロトンポンプ阻害薬、アモキシシリン、クラリスロマイシン、メトロニダゾール) が推奨されています。
ただし、クラリスロマイシン耐性とメトロニダゾール耐性の両方が高い地域では、ビスマス 4 剤併用療法が第一選択療法として推奨されています。
ヘリコバクター ピロリ菌 (Hp) を根絶すると、プラス効果とマイナス効果の両方が観察されます。
ヘリコバクター ピロリ菌 (Hp) の根絶によって、腸内細菌の組成は、Hp 陰性対照群にならって回復します。
その一方で、ヘリコバクター ピロリ菌 (Hp) を根絶すると、腸内細菌の組成が変化し、宿主に悪影響を及ぼす可能性があるとも報告されています。
ヘリコバクター ピロリ菌 (Hp) の根絶は、バクテロイデス属の相対的存在量の減少と、フィルミクテス属の増加に関連していました。
短鎖脂肪酸を生成する細菌が増殖していくと、代謝障害のリスクが増加する可能性があります。
ヘリコバクター ピロリ菌 (Hp) 根絶療法が失敗するケースには、抗生物質関連の有害事象に関する理解が足りないように見受けられます。
プロバイオティクス (サッカロマイセス・ブラウディ菌) と 3 剤療法を組み合わせた ヘリコバクター ピロリ菌 (Hp) 根絶療法は、プラセボ/介入なし/ 3 剤療法の併用 のいずれよりも効果的であることと、データ的にも有害事象が少ないことがわかりました。
ヘリコバクター ピロリ菌 (Hp) の根絶療法には、ラクトバチルス菌とビフィズス菌を含むプロバイオティクスを追加すると、プロバイオティクスなしの根絶療法よりも、有効性と安全性が改善されることが判明しています。
ヘリコバクター ピロリ菌 (Hp) を根絶するために抗生物質療法を受けている患者を対象としたメタ分析研究では、プロバイオティクスとして、ラクトバチルス アシドフィルス菌、ラクトバチルス・カゼイ DN-114001菌、ラクトバチルス・ガセリ菌、ビフィドバクテリウム・インファンティス2036菌 を補給した被験者は、プロバイオティクスの補給をしなかった対照群よりも、ヘリコバクター ピロリ菌 (Hp) の根絶率が有意に高かったことが示されました。
長期的な影響
抗生物質は、乳幼児に広く使用されています。アメリカの子どもたちに、最も一般的に処方されている薬は、全身性抗生物質です。
幼少期に抗生物質を投与されたことと、その後の人生における肥満、喘息、アレルギー、炎症性腸疾患など、いくつかの悪影響は、関連性があります。
乳児期に抗生物質が投与されると、腸内細菌の組成が遅れます。2 歳以下の乳児を対象とする研究では、抗生物質使用後にみられる腸内細菌の組成の遅れは、特に、生後6か月から 12 か月の乳児に顕著でした。
抗生物質によって減少した運用分類単位には、腸内細菌科、ラクノスピラ科、およびエリシペロトリク科の種が含まれていました。
さらに、生後 2 年以内にマクロライド系抗生物質が頻繁に投与されたことと、その後の喘息や肥満は、有意に関連しています。
生まれて間もなく抗生物質が投与されると、腸内環境が乱れるため、炎症性腸疾患(IBD)を発症しやすくなると考えられています。
人口ベースのコホート研究では、生後 1 年以内に抗嫌気性抗生物質を投与された子どもは、対照群の子どもよりも、炎症性腸疾患(IBD) を発症する可能性が高いことが示されました。
同様に、デンマークで行われた、全国規模の小児コホート研究では、抗生物質が投与されてから 3 か月以内に炎症性腸疾患(IBD)を発症する確率が最も高く、抗生物質を 7 回以上投与された小児の発症確率が最も高いことが報告されています。
フィンランドで行われた、全国規模の症例対照研究においては、クローン病と抗生物質の使用は、女子よりも男子のほうに、強い関連性が示されました。
クローン病と最も強い関連性がある抗生物質は、セファロスポリンでした。
ヒトの遺伝的特徴と食事は、体重を決定する上で、重要な役割を果たしていますが、過去30年間の肥満症の増加は、腸内細菌の組成と変化に起因する可能性があることが、今では広く支持されています。
特に、幼少期に抗生物質を投与された人は、肥満を発症しやすくなります。
結論
最近の研究では、腸内細菌は、代謝的に相互依存する微生物の複雑なネットワークであることが示されています。
腸内細菌は、消化を助け、免疫系を刺激および調節し、病原体の増殖を防ぐなど、いくつかの重要な機能を果たしています。
抗生物質は腸内細菌を乱すため、抗生物質の使用量が増え続けていることは、大きな懸念事項です。
この問題に対処していくには、腸内細菌に関する理解を深め、プロバイオティクスの使用など、抗生物質の悪影響を減らす方法を研究していく必要があります。