一般社団法人化学物質過敏症・対策情報センター

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土壌菌と腸内細菌の密接な関係② 翻訳

Does Soil Contribute to the Human Gut Microbiome? 2019 「土は、ヒトの腸内細菌叢に役立っているのか?」という論文の翻訳です。土壌菌と腸内細菌の密接な関係① の続きです。

 

翻訳文責:
一社)化学物質過敏症・対策情報センター
代表理事 上岡みやえ

 

目次

 

 

2  土壌菌と腸内細菌の複雑な関係

2007年に人体に生息するすべての微生物(真核生物、古細菌、細菌、ウイルス)のシーケンシング(=DNAを構成しているヌクレオチドの塩基配列の決定)を目的としてスタートした 「Human Microbiome Project」 は、人間の健康と病気に大きな役割を果たす腸内細菌研究として、生物医学研究の主要分野へと躍り出ました[3,10]。

ヒトの糞便中では、合計で990万の微生物遺伝子を有する、1兆個の微生物が生態系を形成しています。そしてヒトの腸内細菌叢は、これに相当します[11]。

腸内細菌は、結腸(=大腸のうち、盲腸と直腸の間の主要部分。 上行・横行・下行・S状結腸の四つで構成される)に、もっとも多く存在しています。結腸には多種類の腸内細菌が密生しており、そこでは、炭水化物を利用する嫌気性細菌が支配的です[12]。

部位の比較においては、腸内細菌数がもっとも少ないのは小腸です(表1)。高レベルの酸や抗菌剤などによって細菌繁殖が制限されやすい部位であることと[12]、小腸の通過時間が短いことなどから[13]、細菌の繁殖が抑制されていると考えられます。

ヒトの腸内では、誕生時から、腸内細菌のコロニー形成が始まります。腸内では、腸内細菌の多様性が急拡大するとともに、遺伝的変異や食事、感染症、生体異物、大型植物や土壌微生物といった環境中の微生物因子との接触など、内因性および外因性の要因にさらされます[3]。

腸内細菌が、ヒトの健康に対して、数えきれないほどの多様な役割を果たしていることは、腸内細菌が、数多くの胃腸疾患と非胃腸疾患、例えば、肥満/メタボリックシンドローム、アテローム性動脈硬化症/心血管疾患、神経的/精神的疾患など多数の疾患との相関性があることからも、はっきりしています[3]。

腸内細菌は、近年の生物医学研究における、最もダイナミックなテーマの1つです[3]。

加えて、ここ最近の研究成果によって、各人固有の腸内細菌コミュニティこそが、宿主と腸内細菌との間で行使される相互作用の中心であること、生物学的/生理学的に正常なプロセスが行われる場であることが分かってきています[3]。

生物医学研究における、最も活発な研究分野の1つとなったヒトの腸内細菌は、全体的に、ヒトの健康と病気に介入できる、大きな可能性を秘めています[3]。

土は、人間の生活にとって、物理的な基盤です。系統発生学的にも、ヒトは、生きていくための水、食べ物、そして居場所を提供してくれる土と、密に触れあいながら進化してきました。

そこで、外的要因である土が、ヒトの腸内細菌の進化にどのように関与してきたかという疑問が沸き起こってきます。

土は、哺乳類やヒト科動物が誕生する、はるか昔から世界中に存在している、地球上で最も広大な、比べようがないほどに大きな、微生物遺伝子の天然貯蔵庫です[14]。

2010年以来、「Earth Microbiome Project」 は、この遺伝子貯蔵庫である「土」に着目してきました。

この惑星の微生物の特徴を明らかにするための共同作業として、シーケンシング(=DNAを構成しているヌクレオチドの塩基配列の決定)と、クラウドソーシングを利用したサンプルの質量分析によって、地表全域の微生物生態系の様式理解が進められています[15,16]。

腸内細菌は、グラム単位では、腸のなかでも結腸に、もっとも高い密度で生息しています(表1)[17,18]。

1グラム当たりに数千種類以上の菌が存在しているならば(表1)、生息地の多様性を考慮すると、もっとも多種類の菌や微生物が生息しているのは「土」であるはずです[17]。

(表1)


ヒトの糞便中の菌や微生物の種類は、土中の10分の1程ですが(表1)、ヒトの腸内では、菌や微生物の約20%しか休眠していないのに対し、土中では、菌や微生物の大部分(〜80%)が休眠しています[19]。

休眠という条件を加味すると、ヒトの腸内と土中では、活動している菌や微生物の総数は、同じくらいになるはずです。

ヒトの腸内細菌叢を決定づける要因は、主に、
(i)宿主の遺伝的特徴と代謝(生まれつき)
(ii)特にライフスタイル(生活環境)
(iii)食事と栄養習慣
です[12、20、21]。

 

 

3 ヒトの腸内細菌—その発達と進化

ヒトの腸内細菌の多様性は、宿主と微生物が「共進化」してきたことによって、育まれてきました。

人間と共生的に、あるいは片利共生的に進化してきた「古代の」微生物は、病原性よりも有益性のほうが、遥かに勝っていると考えられています。

生物の進化の歴史を特定するには、さまざまな微生物の生息地と、その宿主について探求していかねばなりません。

ヒトの腸内細菌と、他の哺乳類の腸内細菌との間には、大きな類似性がみられます。

哺乳類を、草食動物、雑食動物、肉食動物に分類した場合、それぞれの腸内細菌は、類似性の高い叢(そう)に分類されていきます。

ただし、腸内細菌の組成と機能について、強力な予測因子となるのは、腸の生理機能です。

草食動物の腸内細菌叢は、腸内発酵が、前腸で行われるのか、後腸で行われるのかによって異なります。

興味深いことに、いくつかの哺乳類系統の腸内細菌は、過去7500万年にわたってほぼ同じ割合で分岐しています。

予想に反して、系統内の食生活の変化は、腸内細菌の分岐率とは無関係でした。一方で、最も劇的な変化のいくつかは、土壌菌の喪失に関連していました。

例えば、(クジラなど)陸生生物から海洋生物へ進化した動物は、土との接触機会を失っています。

最近の変化のなかで劇的だったのは、ヒトという種族が大規模な細菌喪失に見舞われた結果、他の霊長類からの分岐が加速したことです。

栄養/食事は、霊長類を分類するための、最も重要な様式でした。

ヒトの腸の微生物叢は、他の雑食動物の微生物叢と同等であるように、果物を食するボノボあるいはピグミーチンパンジーとの関連性が最も高いようにみえます。

したがって、ヒトと霊長類に限った腸内細菌叢の比較測定に基づくと、ヒトは、特殊化されていない果食動物と見なされる可能性があります。

その柔軟性の高い食事には、入手可能性に応じて種子や肉が含まれます。

主に植物を食するヒト科の動物(類人猿)は、雑食性の霊長類と非霊長類の草食動物の中間に位置づけられているようです。

ほとんどの昆虫の腸には数十種類の微生物しか棲んでいませんが、哺乳類の腸には、数千種類の微生物が棲んでいます。

草食動物の腸には、内生菌(生きた植物の内部で、病気を起こさずに生息する菌類)など植物由来のものも含め、多様な菌が存在しています。

内生菌は植物の組織内部に存在するため、胃では消化されにくくなっています。

ヒトの腸内細菌は、種族としては祖先由来であり、個体としては、妊娠中の垂直感染、出産、生まれてからは母体との触れ合いを介して、母体の腸から受け継がれていきます。

ヒトの腸内細菌の系統発生的な組成は、生後3年以内に、地理とは無関係に、成人の腸内細菌叢に近づきます。

母親は、出産と出産後の生活を通して、子に微生物を分け与え、子の腸内に微生物のコロニーを形成させていく存在です。

子の腸内細菌叢は、出産方法(自然分娩/帝王切開)と授乳(母乳/粉ミルク)の影響を受けます。

子の腸内細菌叢は、成長にともなって、居住環境を同じにする家族の腸内細菌叢と似通ってきます。腸内細菌叢にとって、環境は、宿主の遺伝的特徴よりも、強力な予測因子であるようです。

その昔、ヒト種族の狩猟採集方法と食事の変化には、家族間の相互作用も含まれていましたが、今とは異なるプロセスでした。

「おばあさん仮説」では、気候変動によって居住環境が変わり、ヒトの生態、生活や社会が変化していくと、年配女性が採取してきた植物の根や球根、イモなどを「地下貯蔵庫」で共有することの重要性が増したとされています。

イモを採取する年配女性がいたおかげで子供の栄養状態が良くなると、ヒト種族の繁殖力が増大しました。この「おばあさん仮説」は、同位体研究によって裏づけられています。

乾いたサバンナの森に暮らす、タンザニアの伝統的狩猟採集民の食事においても、植物の根や球根、イモなどに重要な役割があることが報告されています。

このことは、土壌摂取と、これがもたらす好影響を示唆するものです。

宿主の遺伝的特徴よりも食事内容のほうが、腸内細菌の組成に強い影響を与えると言われています。

胃腸の微生物叢は、宿主の遺伝子にさえ影響を及ぼし、それによってエネルギー消費と貯蔵を調節することができます。

こうしたことは、健康な被験者1,000人以上の腸内細菌叢を調査した大規模研究によって明らかになりました。

同じ家に住んでいなければ、血縁関係があっても腸内細菌叢は異なること、まったくの他人であっても、同じ家に住んでいると、腸内細菌叢に有意な類似性がみられることが報告されています。

宿主の遺伝的特徴が、腸内細菌叢を形成する上で果たしている割合は、全体の8%もありません。

したがって、腸内細菌叢は主として、生活様式や食事など、環境に関連する非遺伝的要因によって形成されていると考えられます。

環境の重要性は、年齢が上がるにつれて個人間のばらつきが減少するという事実によっても示されます。

さらに、腸内細菌叢が系統発生的に組成されていくときに地域差があることも明らかになってきました。アメリカでは、農村に住む人々に比較すると、都市に住む人々の腸内細菌叢の多様性が最も低いことが報告されています。

これまでのところ、腸内細菌叢の多様性がもっとも高かった集団は、アマゾンのジャングルで暮らす狩猟採集民の人々でした。

以上のことから、微生物叢の短期的および長期的な変化は、個人レベルでも集団レベルでも見られること、土との触れ合いが多いほうが促進されるという結論が導き出されます。

 

 

土壌菌と腸内細菌の密接な関係③ に続く