一般社団法人化学物質過敏症・対策情報センター

推定患者数1000万人。化学物質過敏症と共生できる社会は、誰もが安心して暮らせる社会。

2023年 化学物質過敏症研究の最前線 7/7

 

Multiple chemical sensitivity: It's time to catch up to the science(2023)「化学物質過敏症:科学的に解明され始めてきた」という論文の翻訳です。

2023年 化学物質過敏症研究の最前線 6/7 の続きです。

 

翻訳文責:
一社)化学物質過敏症・対策情報センター
代表理事 上岡みやえ

 

 

 

9. 考察

1990 年代、複数の医療機関が、「化学物質過敏症(MCS)には、生物学的実体として存在する証拠がない」と発表しました。

 



しかし、その後の医学研究は、非単調反応の理解を含む毒物学パラダイムを進歩させ、汚染が人間の健康に与える影響についての理解を、大幅に向上させました。

酸化ストレス、全身性炎症、TRPV1 および TRPA1 受容体の発現上昇、中枢感作は、偏頭痛、線維筋痛、慢性咳嗽、喘息、消化不良、IBS、ME/CFS、神経精神疾患などの併存疾患と重複する、 化学物質過敏症(MCS) の病態生理学的メカニズムの一部です。

化学物質過敏症(MCS)、咳嗽過敏症、線維筋痛症、慢性片頭痛は、感覚感知の増加と抑制の低下を含む、感覚処理障害などの重要な病態生理学的メカニズムを共有しています。これらの疾病は、感覚感知の促進と抑制の不均衡や、刺激に対する感作の増加と慣れの減少を引き起こします。

化学物質汚染へのばく露が、感受性の高い個人に、化学感受性受容体感作を誘発する可能性があることを示す証拠は確固たるものです。

化学物質に対する受容体感作が、化学物質過敏症(MCS)の主な病因メカニズムであるという前提の、強力な根拠となります。

TRPV1 および TRPA1 受容体機能にはいくつかの遺伝子型があるため、化学物質過敏症(MCS)を発症するリスクが高い遺伝子型が存在する可能性があります。

化学物質過敏症(MCS)は、独特かつ複雑な病状であり、研究と管理で対処する必要がある、複数の潜在的な寄与要因があることは間違いありません。

これには、汚染物質混合物への、変動的ではあるものの継続的なばく露、遺伝的素因、解毒、酸化ストレス、全身性炎症、化学感受性受容体とその感作の可能性、過去および結果として生じる心理社会的問題、併存疾患の影響が含まれます。

精神病理学の病因を主張する研究やレビューが、これらのメカニズムを考慮しなかったため、偏った解釈や結論に向かう見解へとゆがめられました。

実際、精神疾患の生物学的基盤を理解しなかったことが、化学物質過敏症(MCS)と、その治療法を検討する上で、逆効果になった可能性があります。

化学物質過敏症(MCS)の影響は、軽度の不便から重大な障害まで様々ですが、必要な医療を受けられなかったり、社会的ニーズが満たされない場合が多すぎます。

このことが、生活の機能や質を低下させ、障害や精神疾患を発症させやすくなります。

カナダでは、法的に、宿泊施設を無香空間にしてもらう権利が認められていますが、化学物質へのばく露機会が遍在する社会では、化学物質過敏症(MCS)が真っ当に生活していくためのハードルが多くため、患者は苦闘を強いられています。

化学物質過敏症(MCS) は、ライフスタイル、社会関係、職業上の状況など、日常生活の様々な側面に、深刻な影響を及ぼす可能性があります。

家族や社会からの支援が受けられなくなり、社会的交流が減り、医療や公共交通が使えなくなり、収入が減り、障害度合が増え、第三者との訴訟につながりやすいです。

 



国際的な有病率調査によると、何百万人もの人が医師に 化学物質過敏症(MCS)だと診断されており、さらに何百万人もの人が、自分は化学物質過敏症であると自己判断しています。

化学物質過敏症の患者数は、増加傾向にあります。特に女性の発症リスクが高い理由として、エストロゲンホルモンが TRPV1 および TRPA1 受容体を刺激し、上方調整ならびに感作している可能性が指摘されています。

ホルモンの中には、ストレス因子によって誘発されるものがあります。そうしたホルモンを含む、様々なホルモンが、海馬、視床下部、皮質、脳幹における神経機能の発現と機能を調節している可能性があります。

さらに、健康な参加者であっても、カプサイシン吸入チャレンジでは、女性は男性よりも TRPV1 活性化のしきい値が低いことが実証されています。

女性は、揮発性有機化合物(VOC)の発生源である、化粧品、ヘアケア製品、生理用品、スキンケア製品、洗浄剤、パーソナルケア製品などの使用頻度が高く、こうした製品を呼吸や皮膚吸収を通して、体内に蓄積しています。

 



化学物質過敏症(MCS) は、神経変性疾患、慢性咳嗽、喘息、慢性片頭痛などの慢性疼痛疾患と、多くのメカニズムを共有しています。

これらの疾病はすべて、精神疾患との関連性がみられるものの、精神疾患として扱われることはありません。

化学物質過敏症(MCS) が身体的なものか精神的なものかという単純な議論は、終わりにすべきです。

化学物質過敏症(MCS)にとっては、社会全体から不信感や疑念を抱かれやすいことも、大きな負担になっています。

特に、健康的な環境にしていくための努力をすればするほど、医療の専門家や、社会福祉関係者から、不信感や疑念を抱かれがちです。

カナダ・オンタリオ州環境衛生タスクフォースの 最終報告書(2018年)に記されているように、化学物質過敏症(MCS)の根本原因に関する知識や、この病を抱えて生きることの影響や難しさを、はっきりと理解している医療従事者は、ほとんどいません。

化学物質過敏症(MCS)は、十分な医療を受けることができないのです。

化学物質過敏症(MCS)は、医療従事者から疑いの目を向けられたり、症状について十分に理解されないことが多く、ひどい差別や偏見に対応しなければなりません。その結果、医療を受けることが困難になっているのです。

化学物質過敏症(MCS) は、明らかに、複雑な症状を呈する疾病です。

遺伝、遺伝子と環境の相互作用、複雑な化学物質混合物への慢性的なばく露、酸化ストレス、全身性炎症、受容体の感作、細胞機能の変化、複数のシステムの関与、心理社会的問題、および多重疾患に関連しています。

化学物質過敏症(MCS) を理解するには、個々の要因を特定して研究するための還元主義的なアプローチが依然として必要ですが、すべてのデータが患者の健康、機能、生活の質に何を意味するかを理解するには、システム生物学の視点が欠かせません。

システム生物学は、遺伝子、細胞、組織、臓器のシステム、外部環境、健康と行動の決定要因間の相互作用を理解できるように、私たちを導いてくれます。

さらに、システム医学では、疾病を、個別に発生する単一の異常なメカニズムとして認識し、それに応じて治療するのではなく、慢性疾患のプロセスを理解するために、様々な要因の、複雑な相互作用を考慮します。

 

9.1. 治療

今のところ、科学的根拠に基づく、化学物質過敏症(MCS)の治療ガイドラインはありません。

現段階での治療法としては、患者の集合的な声、つまり質的レビューから得られていることが全てです。化学物質過敏症(MCS) の最も効果的な治療法は、安全な生活空間を作ることと、化学物質を回避することであると、評価されています。

最近発表されたパイロット試験(本試験の前に予備的に行われる試験)では、化学物質不耐性の参加者 (n = 37) の重症度を測定し、揮発性有機化合物(VOC)の発生源となる製品の特定を含む、構造化された「住まい評価」を実施しました。

室内空気中の 揮発性有機化合物(VOC) レベルを測定し、より安全性の高い無香料の清掃用品と清掃方法を推奨しました。

治療を受けていない化学物質不耐性では、症状の度合いは、揮発性有機化合物(VOC) へのばく露量が減っていくと、驚くほど軽減しました。

化学物質過敏症(MCS)患者は、自分自身を自己管理していく必要があります。

自己管理には、身体的および精神的健康を促進する活動に参加すること、医療提供者と交流し治療の推奨事項に従うこと、健康状態を監視すること、関連する治療を受けるかどうか決めること、化学物質過敏症(MCS)が、身体的、精神的、社会的機能に与える影響を管理することが含まれます。

化学物質過敏症(MCS)と診断された患者は、医療提供者による自己管理の指導とサポートを受ける必要があります。


これには、患者が適切な情報に基づいた決定を下せるように教育すること、および家族やその他の人々にサポートを提供する責任を理解させるように教育することが含まれます。

併存疾患についても、医療提供者と話し合う必要があります。

カナダでは、化学物質過敏症(MCS) は「日常生活に支障をきたす病」として認識されており、宿泊施設を利用する権利を有する事が、法的に保障されています。

したがって、医師は、患者が、必要に応じて適切な宿泊施設に泊まれるよう支援できるくらいの知識を有していなければなりません。

化学物質過敏症(MCS)患者が働けなくなった場合には、第三者に障害給付金申請を代行してもらうことが可能です。

 

 

 

9.2. 環境衛生教育

環境衛生の臨床実践である環境医学は、医学教育に、ほとんど組み込まれていません。

多くの関係機関が、臨床医への、環境衛生に関するトレーニングを改善し拡充するように求めているものの、環境化学物質へのばく露評価は、臨床の現場では見落とされていることが多いです。

臨床医を対象とした調査では、環境衛生に関する知識を有する医師の割合が低いことが示されています。

公衆衛生における最優先事項は、病気を予防することです。

次に優先されるべきは、病を早期発見することです。

医師は、患者の「環境汚染物質へのばく露歴」を、正しく知る術を学ぶ必要があります。

汚染に関連する慢性疾患の予防と管理を支援するために、医師は、患者に対して、汚染へのばく露を減らすよう、助言しなくてはなりません。

研修医には、環境衛生に関するトレーニングが提供されておらず、研修医は、この分野における上司の知識は低いと評価しています。

研修医は、環境衛生に関する情報を、インターネット経由で入手しています。広く利用されている情報源は、サブスクリプション サイト 「UpToDate®」です。


「UpToDate®」は、医師がエビデンスに基づいて執筆した、査読済みの記事を、診療時の意志決定を支援する情報源として、臨床医向けに提供していると、自称しています。

「UpToDate®」は、複数の大学や医師会によって、持続的な教育サイトとして認定されています。

「UpToDate®」 では、化学物質過敏症(MCS) は、多くの実験や観察研究を通して精神病理が特定されており、精神医学的原因が示されている病であると述べられています。

さらに、有害化学物質によって症状が引き起こされるという主張は、確立された毒性発現レベルよりも、はるかに低用量であることから、整合性がないとも説明されています。

「UpToDate®」の執筆者は、低用量で毒性発現する可能性について考察していませんし、化学的感受性を有する受容体や、その感作の可能性について、確認も検討もしていません。

化学物質過敏症(MCS)(ならびに心因性ではないと考えられるその他の慢性的な併存疾患)における受容体感作について実証した、複数の先行研究についても触れていません。

「UpToDate®」では、化学物質過敏症(MCS) の主たる治療法は心理療法であり、補助的治療として、薬物療法を採用できると説明されています。

治療目的の1つは、症状は、環境のせいというより、精神医学的問題であることを、患者自身が理解できるようにすることだとしています。

心理療法そのものにはメリットがあります。心理療法には、患者自身が、自らの状態を把握し、効果的な対処方法を促進する可能性があります。

「UpToDate®」では、環境化学物質との関連性から症状を説明し、患者を診断する医師がいるがために、なかには医原性の化学物質過敏症(MCS) が存在すると考察されています。

同じ執筆者は現在、オンラインで無料入手できる有名な医学テキスト「Merck Manual」 にも、化学物質過敏症(MCS)に関する情報を提供しています。

「Merck Manual」では、化学物質過敏症(MCS)は非心理的要因では説明できないこと、「段階的ばく露療法」などの心理療法や、精神疾患の薬物治療を奨励する必要があると強調されています。

 

ばく露療法は​​、人々が恐怖に立ち向かうのを助けるために開発された心理療法です。
◆段階的ばく露◆
段階的ばく露とは、患者が恐れている物、活動、状況を、難易度に応じてランク付けし、最初は軽度または中程度の難易度のものにばく露(経験)し、その後、より難易度の高いものへのばく露に進んでいく療法です。


ばく露療法とは  American Psychological Association
https://x.gd/nCL4K


「Merck Manual」が推奨している「段階的ばく露療法」は、(高所恐怖症など)何らかの恐怖症の治療法です。化学物質過敏症(MCS) に対する有効性や安全性に関する、確たる根拠はありません。

「Merck Manual」が推奨していることは、TRPV1 受容体 と TRPA1 受容体について、現在わかっていることと矛盾しています。

化学的作用を有する物質に繰り返しばく露すると、受容体の上方制御と感作を増幅させる可能性が高いです。

化学物質を「心理的恐怖の対象」ととらえて「段階的ばく露療法」を実施すると、化学物質過敏症(MCS)を悪化させる(=医原性増悪を引き起こす)可能性が高まります。

つまり、研修医も医師も、化学物質過敏症(MCS)については、支離滅裂な、誤った情報源に依存しているのです。

 

 

9.3. 医療専門家の自主管理責任

医師は、自主管理グループに属しています。高いレベルの科学的エビデンスに基づく教育を持続させていく責任を負っています。

自主管理とは、自己統治と自己規制のために、責任と報告義務を負うこと、そして最高レベルのプロフェッショナリズムを確保することです。

患者に対する責任を果たし、それを維持するために必要となる、学部生および大学院生への医学教育と研修基準は、自主管理によって形作られます。

 


医師には、生涯にわたって、科学的エビデンスに基づいて学習する義務と責任があります。それを徹底させる責任を負っているのは、教育者です。

医学部の学部生と大学院生への教育内容と、環境衛生全般、より具体的には、化学物質過敏症(MCS)の診断・管理・治療方法との間には、大きなギャップがあることが判明しています。

医師含む医療従事者の多くは、環境由来の症状に関する知識を有しておらず、化学物質過敏症(MCS)の病態生理を理解できていません。

ほとんどの医師が、化学物質過敏症(MCS)は心理的なものだと考えています。

この分野に精通した専門医は大幅に不足しています。化学物質過敏症(MCS) を適切に管理する知識と自信を有するプライマリケア従事者は、ほんの一握りしかいません。

そのため、ありふれた化学物質に、ほんの少しばく露しただけで体調不良となる 化学物質過敏症(MCS) の言い分は、なかなか信じてもらえないのです。

化学物質過敏症(MCS)患者は、医療従事者から否定的扱いを受けやすく、蔑視されやすいのです。

 


化学物質過敏症(MCS) 患者には、不安症、うつ病、その他の精神疾患に罹りやすい傾向がありますが、科学的エビデンスは、化学物質過敏症(MCS)は、心理的障害によって生じる病であることを示していません。

むしろ、信じてもらえず、バカにされることが、不安症やうつ病の原因になっている可能性が高いです。

化学物質過敏症(MCS) 治療においては、精神医学的アプローチが成功した例はほとんどありません。

過去 30 年間、 化学物質過敏症(MCS)に対する精神医学的治療が有効だったことを示す証拠は皆無に近いです。精神医学的治療によって、多少の改善みられたという、ごく少数の症例報告があるだけです。

バイオフィードバックを使用した脱条件付けによって、わずか 3 件の症例 が検討され、潜在的な治療法として理論化されています。

いくつかの定性評価(数値化できないものに対する評価や評価方法のこと)では、化学物質過敏症(MCS) 患者にとって最も効果的なのは、化学物質を回避すること、そして最も役に立たないのは、向精神薬だとされています。

化学物質過敏症(MCS) 患者の健康状態は、安全な住宅や労働環境を確保できるか、雇用形態の柔軟性、所得補償、社会的支援など、医療以外の要因にも影響されます。

偏見を減らし、治療と支援を改善させるための正しい知識を身につけるには、公衆衛生、医療教育、看護教育における、最高レベルのリーダーシップが求められます。

学術分野においても、臨床分野においても、化学物質過敏症(MCS) を理解し、科学的エビデンスに基づいて、質の高い治療法を開発していける、リーダー的な研究者と臨床医が必要です。

医師やその他の医療専門家が、化学物質過敏症(MCS) などの環境病に苦しむ人々を理解し、支援していけるようにするためには、専門教育が必要です。

しかし、学部生のための、化学物質過敏症(MCS)に関する専門教育プログラムは少なく、大学院生向けの、より専門性の高い教育プログラムは、ほとんどありません。教育プログラムを、もっと充実させていくことが必要です。

医学教育および臨床の、いかなるレベルにおいても、新たな臨床知識を構築することは困難であると認識されています。

医学部は、たくさんの競合する要求に直面しており、現行のカリキュラムに新しいテキストを組み込むことは困難です。

医療従事者に提供されてきた教育プログラムに、新しいテキストを追加することも困難です。

さらに言うと、医学部の学生と大学院生への環境衛生教育が不足しているだけでなく、自発的に 化学物質過敏症(MCS)について学ぼうとする人向けの情報にも、偏りと誤りが多いのです。

最も重視すべきは、こうした状況が、患者に悪影響を及ぼしていることです。

気候変動が激化するにつれて、環境汚染物質の種類と数が加速度的に増えており、化学物質過敏症(MCS) の発生率と有病率に悪影響を与える可能性があります。

迫り来る課題に向けた備えへの、代わりになりそうなものはありません。

医療界の自己管理システムは、「医療事故を防ぐために、積極的に、臨床の欠点をを特定し改善する」ように進化した主張されています。

そこには、長年にわたって、適切な医療が欠如していたために、その結果として、化学物質過敏症(MCS) 患者の健康と生活の質に悪影響を及ぼしていたのではないかという疑念が生じます。

何百万人もの化学物質過敏症(MCS)患者に、科学的エビデンスに基づいた医療を提供し、医学教育施す責任を、医学界は放棄しているのではないでしょうか?

オンライン アプリの編集者に責任をとらせるのは、あまりにも無責任です。

学部生、大学院生への医学教育に責任を有する人々は、本論で指摘してきた欠陥に対しても責任を負い、速やかに対処していくべきではないでしょうか?

化学物質過敏症(MCS) は、人間の体が環境汚染に対応しきれなかった事例の一つにすぎません。

化学物質過敏症(MCS)以外にも、慢性的な非感染性疾患 (NCD) から癌に至るまで、多くの疾患があります。

都市部の大気汚染の主原因は化石燃料の燃焼であり、気候変動の大きな要因にもなっています。

私たちは、こうした大気汚染にもばく露していますが、多くの人は、1日の9割の時間を室内で過ごしており、屋内から発生する環境汚染物質に、より多くばく露しています。

 


屋内空気の質は、空調、屋内外の汚染発生源源、換気、空気清浄機などに左右されます。屋内の空気汚染を低減させるには、パーソナルケア製品やクリーニング製品、建築資材、家具などを購入するときに、より良いものを選べるような消費者教育をすることが有効です。

化学物質過敏症(MCS) を含む、環境汚染へのばく露に由来するすべての 慢性的な非感染性疾患 (NCD)  の共通点は、酸化ストレスです。

さて、毒性のエンドポイントには、酸化ストレスや、解毒代謝における多様な遺伝子型を含めるべきでしょうか?

最も関連性の高いエンドポイントは何でしょうか? がんでしょうか? 特定の臓器の損傷または機能不全でしょうか?

毒性のエンドポイント
化学物質の毒性指標となる項目(例えば、発がん性、肝障害、皮膚の刺激等)について、人に影響が認められない、または実質的に認められない用量(例えば、一日許容摂取量(ADI)、耐容一日摂取量(TDI)等)をいう。
EICネット

 

有害な環境汚染物質へのばく露が、受容体感作や関連症状などの生理学的影響を及ぼす可能性が顧みられなかったことが、有害化学物質の商業利用を増長させてきたことは、これが医療問題におさまらない社会問題であることを示しています。

カナダ保健省、カナダ環境・気候変動省、米国環境保護庁、欧州委員会などの政府機関は、「有害な影響に関する限定的理解」に基づいてはいるものの、空気や水はもちろん、食品、パーソナルケア製品、洗剤、建築材料などの消費者製品に含まれる化学物質に目を向けて、化学物質を評価し規制することを目指しています。

 



低用量の影響は、既得権益者によって議論されているため、化学物質過敏症(MCS)の環境的病因についての誤解には、厳密に対処する必要があります。こうした論争によって歩みをとめないことが大切です。

化学物質の評価と規制を改善するための法律は、最も毒性が低いものに代替し、発生源からのばく露を減らすために欠かせません。

潜在的毒性を事前検出するための「新しいアプローチ方法論(NAM)」が進歩しているところですが、化学物質の毒性評価では、いまだに、限定的な動物実験結果が採用されます。

 

10. 結論

化学物質過敏症(MCS)は複雑な生物学的疾患であり、主たる発症原因は、複数の環境要因による受容体感作です。

化学物質過敏症(MCS) が生物学的疾患であるという証拠は確固たるものであり、もはや「議論の余地がある」とは言えないところに来ています。

化学物質過敏症(MCS)患者が最も影響を受けやすい、中枢神経系 と 呼吸器系 において、化学感受性受容体の感作が起きるという証拠は、十分に収集されています。

こうした機能不全が、中枢神経系 と 呼吸器系 以外にも観察されている事実と、化学物質過敏症(MCS) の一般的症状の発現に関与している事実は、化学感受性受容体の感作が、化学物質過敏症(MCS) の病態生理学的メカニズムの病因に関係していることの、強力な裏付けとなります。

化学物質過敏症(MCS) を理解し、そして治療するために必要となる、横断的な視点を開発し強化していくには、個々人から提供される情報を相互的に利用できる、専門的知見の情報庫を作ることが必要です。

医学教育者、毒物学者、環境規制当局が、化学物質過敏症(MCS) を明確な生物学的疾患として、より良く理解すべき時が来ました。

医学部生と大学院生への医学教育と、専門的能力を身につけさせる持続的カリキュラムに、環境汚染由来の慢性病に関する情報を組み込むことを急がねばなりません。

同様に、公衆衛生に関与する人たちも、日常生活や治療にかかわる患者のニーズにこたえるための知識を身につける必要があります。

規制当局は、化学物質過敏症(MCS) を発症させ、症状を誘発する化学物質ついて認識し、規制していく必要があります。

それは、化学物質過敏症(MCS) 患者を守ることに加えて、これ以上の有害事象を引き起こさないための予防策としても重要です。

医学教育の責任者は、化学物質過敏症(MCS) 患者を、科学的エビデンスに基づいて診療できる、そして、必要に応じて、患者のニーズを代弁できる開業医を育てていく必要があります。