一般社団法人化学物質過敏症・対策情報センター

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土壌菌と腸内細菌の密接な関係⑤ 翻訳

 

Does Soil Contribute to the Human Gut Microbiome? 2019 「土は、ヒトの腸内細菌叢に役立っているのか?」という論文の翻訳です。土壌菌と腸内細菌の密接な関係④の続きです。

 

翻訳文責:
一社)化学物質過敏症・対策情報センター
代表理事 上岡みやえ

 

 

6. 土壌菌の生態系機能と腸内細菌とのつながり

世界中の土壌は非常に多様であり、土壌中の微生物も同じように多様です。

すべての土壌中に共通にみられる微生物種はごくわずかですが、特定の土壌または地理的領域にのみ生息する希少種は多数存在します [47]。

研究データの蓄積によって、土壌菌の地理的特性と、ヒトの腸内細菌叢を比較することが可能になってきています [43]。

Tasnim ら[43] は、意外なことに、より低い分類学的レベルにおいては、土壌菌とヒトの腸内細菌の間には、地理的な相関性がみられなかったと報告しています。

ヒトの糞便サンプルでは Bacteriodetes と Firmicutes 門が優勢でしたが、土壌サンプルでは Proteobacteria と Verrucomicrobia が優勢でした。

土壌に関する地理的データの莫大さと、ヒトの腸内細菌を比較するための基礎データはまだまだ不足しています。方法論的問題が山積していますが、土壌菌と腸内細菌の間には、根本的な違いがあることも知っておくべきでしょう。

主たる違いの 1 つは、土壌中に存在する炭素とエネルギーには限りがあるという点です。土壌菌は飢餓状態で生きることを運命づけらていますが [77]、ヒトの腸内には炭素とエネルギーが豊富に存在します。

ただし、植物の根圏では状況が異なります。根から放出される浸出液には炭素が豊富に含まれているため、土中の栄養素とエネルギーが豊かになります。

植物の根圏の微生物群は、根のエンドファイト(=内生菌)と、ほとんどの土壌菌のコミュニティに関与しています[78]。

実際、レッド クローバー (マメ科植物: 根の浸出が最も多い植物科) の根圏には、Bacteriodetes や Verrucomicrobia、それらの共生根粒菌が混生しています [79]。

植物の根の内生菌と外生菌は、同じではありません。根の内生菌は動物の腸内細菌に似ていますが、根の外生菌は皮膚常在菌を形成する細菌に似ています[80]。

植物の根圏とヒトの腸との間には、系統学的な類似性がみられます。そして、機能面においても、多くの類似性がみられます [81]:

(i) 植物の根圏も、ヒトの腸内も、広大な面に微生物が密生している開放系です。

(ii) 植物の根圏にも、ヒトの腸内にも、酸素、水、pH の勾配によって特徴づけられる、多様な生態的地位(=自然環境の中である生物が他の生物との競争などを経て獲得した、生存を可能にする条件がそろっている場所)が存在します。

(iii) 植物の根圏の微生物叢も、ヒトの腸内の微生物叢も、宿主の遺伝子型と年齢に応じて形成されていきます。そして、病原体から守ってくれる免疫系を調節してくれます [81]。

植物の根圏の微生物叢とヒトの腸内の微生物叢との間に、生態学的な類似性がみられることによって、植物やヒトを病気から守るうえでの生物学的制御が似通ったものになるはずだという議論が喚起されます [82]。

よく観察される現象の 1 つは、侵入者の生存率が、常在菌の多様性と反比例の関係にあることです。

このことは、菌の取り込みが多いほど、侵入者が効果を発揮しにくくなることによって説明できます [83]。

これらの調査結果は、将来的に、生物工学的介入の必要性を回避するためには、最初に土壌/根圏の豊かさと多様性を維持することが最も重要であると示唆するものです。
 (たとえば、[84] で説明されているプロバイオティクスまたは共生生物の導入など)

植物の根圏の豊かな生物多様性を維持するためには、この機能的な生態系を機能させている主要因を理解しなくてはなりません。

植物の根圏に生息する土壌菌の種類は、土壌の性質、水分量、土の古さ、植物の遺伝子型、根の溶解物と浸出液に左右されます [5]。

ヒトの腸と同様に、植物の根圏は 、根毛または微絨毛 [5] を介して、広大な表面積を提供します。

空気、葉の表面、または水域などの他の環境生息地と比較すると、ヒトの腸も植物の根圏も複雑系のため、そこには、多種類の菌がそれぞれにコロニー形成できるような、ニッチな環境が存在します[18,24]。

これらのニッチな環境は、大規模な耕作や水耕栽培の場合には、見られなくなります。

植物の根圏の土壌菌は、おそらくは、利用可能性が高い栄養を得られるため、そこに生息できる種が豊富になるのだと考えられています。

それとは対照的に、バルク土壌には、一般に、アキドバクテリウム、クロロフレクサス、ウェルコミクロビウム、プランクトミケスなど、成長の遅い土壌菌群が、安定的に生息しています。

・根圏土壌
植物の根の影響を受けている土壌領域を指し、一般的には、根表面から 5~ 20mm の範囲を指す。
・バルク土壌
根圏土壌に含まれない土壌
出典:Think and GrowRicci

 

バルク土壌に生息する土壌菌は、長期間の飢餓に耐えることができ [77]、新しい種子への再接種に不可欠です。

ミネラル肥料を過剰使用すると、貧栄養土壌を好む土壌菌の生存条件が低下します [87]。

不適切な土地管理と、土地利用の変化は、土壌菌に深刻な影響を与えます。

特に、土壌流出と、土をアスファルトやセメントで覆いつくすことは、大規模な土壌損壊と、その土地固有の土壌菌の喪失を引き起こします。一度失われた菌をとり戻すことはできません[88]。

バイオフィルムは、ヒトの消化管/腸 [89,90] と植物の根圏 [91,92] の両方に見られます。

ヒトの腸と植物の根圏は栄養豊富な環境であり、一日周期の概日リズム(約24時間の周期で変動し、そのリズムの周期が光パルスや暗パルスによってリセットされる生理現象)が存在します。

概日リズムによって、体内時計を制御する人間の消化管内のホルモン「メラトニン」生成も、イネの根の窒素固定も、昼間のほうが高くなります[5]。

植物の根圏に生息する土壌菌と植物の関係性と、腸内細菌とヒトの関係性は類似しています。腸内細菌(と皮膚常在菌)は、宿主の健康と行動にとって最も重要な、宿主の内部と表面に含まれる「超生物」と見なすことができます。

(i) 腸内細菌は、ビタミン12 や ビタミンK などの必須アミノ酸やビタミンの産生に大きく寄与している
(ii) 植物の根圏の土壌菌は、栄養獲得の改善、非生物的ストレス (干ばつ) および生物的ストレス (病原体) に対する耐性、および成長の持続によって植物の健康を促進するホルモンを産生している [21]。

貧栄養土壌を好む土壌菌の欠乏によって、ヒトが必要とする微量栄養素が足りなくなると、代謝における補因子、酵素活性の調節、補酵素機能などへ悪影響を与える可能性があります [93]。

地上ならびに地下の土壌菌の多様性が低下することは、土の生態系機能への脅威です[94]。

土壌菌の多様性の損失は、直接的に、人為的活動によってもたらされています [47]。

土を温める実験で示されているように、気候変動など、人為的活動によってもたらされる間接的影響もまた、土に棲む生物にストレスを与えて生物多様性を低下させ、土の生態系機能を弱めていきます [95,96,97]。

世界的な都市化と農業の機械化は、前世紀の間に劇的に進みました。

殺虫剤などの農薬やミネラル肥料の使用と相まって、土中の生物多様性は低下し続けています。

人間の医療行為においても、抗生物質とホルモンの使用により、前世紀に大きな変化が起きました。

薬物療法が、西洋人の腸内細菌に与える実質的影響は、最近証明されたばかりです[66]。

上述のとおり、植物の根圏に生息する土壌菌と、ヒトの腸内細菌との間には、構造的および機能的類似性があります。両者は互いに相互作用する機能的生態系であると結論づけることができます。

近年、土壌菌と腸内細菌の相互作用は減少しつつあります。このこともまた、土壌とヒトの腸内の生物多様性の低下を助長する可能性があります。了