一般社団法人化学物質過敏症・対策情報センター

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腸内細菌による環境汚染物質の解毒⑤ 翻訳

以下、The gut microbiota: a major player in the toxicity of environmental pollutants? 2016   「腸内細菌による環境汚染物質の解毒」という論文の翻訳です。

腸内細菌による環境汚染物質の解毒④ の続きです。

 

翻訳文責:
一社)化学物質過敏症・対策情報センター
代表理事 上岡みやえ

 

目次

 

 

環境化学物質

環境化学物質は、腸内細菌の組成および/または代謝活性に影響を与える可能性があります。

腸内細菌の組成、多様性、酵素生成能力は、宿主のライフスタイル、食事、抗生物質の使用など、さまざまな環境要因の影響をダイレクトに受けます [83,84]。

試験管実験や生体実験では、いくつかの環境化学物質が、腸内細菌の繁殖を阻害すること、腸内毒素症を誘発することが示されています。

既述の通り、腸内毒素症と、一連の腸疾患ならびに全身疾患との間には関連性がみられます [85]。

興味深いのは、こうした疾患のほとんどが、環境化学物質へのばく露にも関連していることです。

たとえば、過去数十年の間に、喘息や食物アレルギーなどのアレルギー性疾患の有病率が、劇的に増えています。

最新の科学的証拠は、周産期(妊娠22週から出生後満7日未満までの期間)における腸内細菌コロニー形成と、幼少期における環境化学物質へのばく露の両方において、失敗があると、免疫応答に支障をきたしやすくなることを示しています [86–88]。

化学物質へのばく露が、腸内細菌コロニー形成に異常をもたらし、何年も後になって、宿主の生理機能に影響を与える可能性があるわけです。

したがって、化学物質によって腸内細菌の形成過程がかく乱されると、不健康な腸内細菌によって、ヒトの健康が害される可能性があるわけです( 図1c)。このことは、今までほとんど見過ごされてきました。

代謝機能については、解明されつくされているわけではありません。しかし、腸内細菌コロニーと宿主との共同作業によって代謝が行われているという認識は、健康な腸内細菌叢を微生物コロニーの理想的集合体として定義してこなかったという反省とともに、広まりつつあります [85]。

生体異物の中には、腸内毒素症を発症させることなく、腸内細菌の生理機能に影響を与える可能性があります。このことは、特に重視すべきです。

実際、ヒトの新鮮な糞便と、抗生物質または宿主をターゲットにした薬とを培養した場合、腸内細菌組成はほとんど変わらなかったにもかかわらず、すべての薬は、生体異物代謝に関与する遺伝子や、腸内細菌の遺伝子発現に対して、有意な変化をもたらしました [89]。

このような相互作用は、腸内細菌による代謝後、毒性を発揮する環境化学物質の、代謝、毒性、およびリスク評価に影響を与える可能性があります。

以下、腸内細菌の組成に影響を与える環境化学物質と、腸内細菌の代謝活性を妨害する化学物質について説明していきます。

これらの化学物質についてのより詳しい説明は、表1と補足表2を参照ください。

(表1と補足表2は転載省略)

 

 

農 薬

グリフォサートは、世界中で最も広く使用されている除草剤 「ラウンドアップ/Roundup(Montsanto、St Louis、MO、USA)」の有効成分です。

牛と馬の糞便から分離した Enterococcus faecalis 菌は、最低濃度のグリホサートや除草剤によって、増殖が阻害されることが示されています [90]。

さらなる研究は、グリホサートに対する感受性は、細菌の種類によって変わってくることを示しています。

特に家禽では、Salmonella enteritidis、Salmonella gallinarum、Salmonella typhimurium、Clostridium perfringens、Clostridiumbotulinum などの病原性細菌は、グリホサートに対して、強い耐性があります。

その一方で、Enterococcus faecalis、Enterococcus faecium、Bacillus badius、Bifidobacterium adolescentis、Lactobacillussp などの有益な細菌は、中程度~強程度の影響を受けやすいのです [91]。

グリフォサートが、哺乳動物に対して、同様の腸内毒素症を誘発することが実証された場合、宿主の消化管内の有益な細菌が減少することになるため、毒物学的関連性があることになります。

クロルピリホス は、果物畑、野菜畑、ブドウ農園で、一般的に使用されている有機リン系殺虫剤です。

クロルピリホス に慢性的にばく露している、健康なヒトの糞便を植菌した 試験管実験と、胎児期から生後60日までクロルピリホス にばく露したラットの生体実験が行われました [92]。

クロルピリホスへのばく露によって、Bacteroides sp が増殖する一方で、Lactobacillus sp と Bifidobacterium sp の減少し、腸内毒素症が誘発されました。

私たちの知る限り、これが、周産期(妊娠22週から出生後満7日未満)に低用量の環境化学物質へばく露したときの、腸内細菌コロニー形成に対する影響を調査した、唯一の研究です。

 

 

金 属

カドミウム入りの水を飲まされたマウスでは、すべての腸内細菌が、急激に減少したことが観察されています [93]。

Breton らは、カドミウムと鉛を与えたマウスでは、「科」「属」のレベルで、結腸内の腸内細菌が組成が、わずかながら、しかし特異的に変化したことを報告しています。

重金属を与えた動物は、比較対照群と比較して、Lachnospiraceae の数が少なく、Lactobacillaceae と Erysipelotrichaceacae の数が多いことが観察されています [94]。

これらの重金属へのばく露は亜毒性であり、肝毒性、行動の変化、臓器、体重、食物摂取、便の一貫性、腸の運動性との関連性はみられませんでした。

しかし、少数の Lachnospiraceae は、腸の炎症との関連性が見られることから、かつては大腸炎の素因として示唆されていました [95]。

同様に、4週間ヒ素を投与したマウスでは、糞便内の Firmicutes が有意に減少しましたが、Bacteroidetes は減少しませんでした。

こうした分類上の変化は、重金属を投与した動物の尿中・糞便中に出現するインドール誘導体など、多くの腸内細菌の働きによって代謝される物質の変化によって示されるような、腸内細菌の代謝活性の変化と関連していました [96]。

 


その他の残留性有機汚染物質

残留性有機汚染物質は、環境による分解も生物による分解もなされにくいため、環境中に残留し、食物連鎖を通して蓄積されていきます。

残留性有機汚染物質は、これらの化合物の毒性作用を媒介するアリール炭化水素受容体(AhR)のリガンド(錯体の中心金属の周囲に、配位結合している分子。イオン。)です。

Zhang らは [97] は、2015年、AhR活性化が、2,3,7,8-テトラクロロジベンゾフラン(TCDF)の毒性効果を増進させることを、TCDF(0.6μg/ kg /日)を混ぜたエサを5日間与えたAhR-/-マウス実験を通して、実証しました。

TCDFは、AhR + / +マウスの回腸では、セグメント化された糸状細菌を強力に枯渇させ、腸内細菌の組成を変化させましたが、AhR-/-マウスでは、こうした現象は観察sれませんでした。

TCDFはまた、AhRの量が多くなるほど、Firmicutes / Bacteroidetes の比率を減少させました。

こうした変化は、TCDFを AhR + / +マウス に投与すると、糞便、盲腸内容物、肝臓および腸組織の代謝状態が変化しましたが、TCDFを AhR - / - マウス に投与しても、代謝状態は変わりませんでした。

特に、TCDFは、細菌発酵が活性化すると、ブドウ糖とオリゴ糖の濃度を低下させ、糞便ならびに盲腸内容物に含まれる短鎖脂肪酸(酪酸とプロピオン酸)の量を増加させました。

こうした発見は、残留性有機汚染物質へのばく露によって、AhR シグナル伝達が活性化され、宿主の腸内細菌の代謝軸に大きな影響がもたらされる可能性があることを示すものです。

ただし、腸内細菌に対するTCDFの毒性についての正確なメカニズムは解明されてはいません。この研究では高用量のTCDFを使用しており、環境レベルの低用量ばく露によっても同様の変化が観察されるかどうかは未知数です。

 

腸内細菌による環境汚染物質の解毒⑥ に続く