一般社団法人化学物質過敏症・対策情報センター

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土壌菌と腸内細菌の密接な関係③ 翻訳

Does Soil Contribute to the Human Gut Microbiome? 2019 「土は、ヒトの腸内細菌叢に役立っているのか?」という論文の翻訳です。土壌菌と腸内細菌の密接な関係②の続きです。 

 

翻訳文責:
一社)化学物質過敏症・対策情報センター
代表理事 上岡みやえ

 

目次

 

 

4 ヒトの腸内細菌と環境/生活様式

都市生活者の生活環境は、生物多様性が低く、環境中に存在する微生物と接触する機会が少ないことが示されています。

自然環境中に存在する微生物との接触機会が失われると、人間の腸内細菌、ひいては人間の健康に悪影響を与える可能性があります。

私たちの先祖は、畑仕事や家畜の世話を通して、日々、土と触れ合っていました。

幼いころから、戸外や農場など不衛生な環境で育った子供は、自己免疫疾患を発症しにくいことが報告されています。

このことは、多様な微生物が存在する環境が、アレルギーや自己免疫疾患を発症させにくくすることを示唆する「衛生仮説」によって裏付けられています。

つまり、共生微生物だけでなく土壌中に存在する病原菌すらも、免疫調節経路を刺激し、ヒトの免疫耐性に寄与する可能性があるのです。

その一方で、現代の衛生的環境、抗生物質、農業慣行が、多くのヒトを病気の苦しみと死から救っていることも忘れてはなりません。

土壌中の生物多様性と、腸内細菌との間に相関性があるという証拠は増えつつあります。

注目すべきは、マウスの腸内微生物の多様性が、土壌微生物へのばく露によって増加したことです。

殺菌されていない土の上で、殺菌されていない土で育てられたエサを食べているマウスは、腸内微生物の多様性が増加する可能性があります。

マウスに、環境中に存在する微生物を与えると、腸内微生物叢の多様性が増加し、限定的ではあるものの、最も優勢な細菌への影響が見られました。

追加された微生物が腸内微生物叢の多様性に寄与することから、土は、食事と同じくらいに、腸内微生物叢の組成を変える可能性がありそうです。

動物実験の結果は、土壌中の微生物にばく露することが、健康な腸内微生物叢に有益であることを示唆しています。

家畜化は、哺乳類の健康を大きく左右します。例えば、野生馬と比較すると、家畜化された馬は、腸内微生物叢の多様性が少ないことがわかっています。

動物園で飼育されている動物の腸内細菌叢の多様性は、野生動物のそれよりも劣っています。

野に暮らすヒヒの腸内細菌叢に関する最新研究では、「土」こそが、ヒヒの腸内細菌叢形成における予測因子として最有力であること、宿主の遺伝的特徴よりも15倍強い影響力があることが報告されています。

腸内細菌叢は、植生によっては左右されませんが、雑食性のヒヒの餌が土まみれという事実は、腸内コロニー形成には、土壌微生物を摂取することが腸内コロニー形成に欠かせないことを示唆しています。

生物多様性の喪失が世界的メガトレンドであることを考慮すると、(アルカリ性土壌条件による)土壌中の生物多様性と、ヒヒの腸内微生物の豊富さとの間には密接な関係があることは、ヒトの健康維持という観点から、緊急調査すべき課題といえるでしょう。

伝統的農場のような、微生物叢が多用な農村環境は、ヒトに健康上の利益をもたらすことが示されています。

特に、微生物が豊富な農村環境で、土と密接に触れ合う人力農業を実践しているアーミッシュの人たちは、機械化農業を実践する農村の人々と比較すると、免疫機能が優れていることがわかっています。

したがって、食事、生活条件、環境中の生物多様性の減少など、人間のライフスタイルの変化が、人間の健康を悪化させている可能性があります[21]。

産業革命以前は、小さな構造化された農場ばかりでした。人口の大部分が農民、牧畜民、狩猟採集民として働いており、直接的に、土や植物などの自然と触れ合っていまし。(図1) 。



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ヒトの糞便は、「人糞肥料」という形で農業利用されてきましたが、こうした形式の「リサイクル」でさえ、資源が閉鎖的にしか循環していなかったことの表れです(図1)。

今日の機械的な動物飼育では、有機肥料の使用を除いて、糞便と直接的に接触する機会はほとんどありません。

薬剤を投与しないで育てた家畜の糞尿を肥料とする有機農業は、腸内細菌を土壌菌の生態系に再投入することになるため、有益な代償効果をもたらす可能性があります。

世界的な人口増加に伴う、食料と住宅の需要増加によって、農業慣行と都市化の厳しさが増しています。

農業の工業化が進むと、土中の生物多様性が低下します[51]。

すでに、世界人口の50%以上が都市に住んでいますが、2050年までに、人口のおよそ3分の2が都市生活者になると予想されています[52]。

今も進行中の世界的都市化によって、野外との分離が進み、自然環境との接触機会が失われていきました[53]。

生活環境中の微生物との触れ合いが少なくなっただけでなく、公衆衛生の進展や、抗生物質、農薬、ホルモン剤の使用量増加[43]によって、腸内細菌叢の豊かさが枯渇しました(図1)。

この文脈において特に重要なのは、成人の腸内細菌叢は、都市部よりも農村部のほうが豊かである[41,54,55]一方で、農村部ではベータの多様性(=個人差)が低いことが観察されたという事実です。 [54]。

私たちの先祖が行っていた狩猟採集生活に近いほど、腸内細菌叢は、豊かさを増していきます[55]。

Martínez ら[54]は、環境ばく露と共生菌の水平伝達(まとめて微生物分散と呼ばれる)は、農村部に住む人たちの腸内細菌叢を増やす促進する可能性がある一方で、都市のライフスタイルは、微生物分散を制限するものだと提言しています。

都市生活者の腸内細菌叢の個人差(ベータ多様性)が大きいことは、微生物分散の低調さによって、説明できます。

低調な微生物分散、衛生的環境、服薬、食事の変化を組み合わせると、腸内細菌はコロニー形成に失敗しやすくなり、腸内細菌の豊かさが失われていきます[54]。

アフリカの農村部に典型的な、食物繊維と複合糖質を多く含む食事は、腸内細菌の豊かさを維持しうる可能性があります[56]が、工業化が進んだ西洋諸国の都市部で消費される高度な加工食品では、そうはいきません。

衛生対策は、病原体への感染リスクを減らすとともに、腸内細菌をも減らします[54]。

西洋諸国では、現代的生活によって微生物分散が低調化したために、ヒトの腸内細菌は均質性を保ちにくくなっています。そのことが、腸内細菌の多様性の低下とコロニー形成のバラつきが、ベータ多様性(=個人差)をもたらしているのです[54]。

したがって、糞便による水資源汚染は、糞便由来の病原体から感染症を広めることになるため、ヒトの健康にとっての大きな脅威です[57]。

飲料水に含まれる微生物の危険性やリスクを分析し浄化するという衛生習慣は、西洋の先進国のお家芸であり、それらは病原性のある腸内細菌からの感染リスクを減らしてくれます。

糞便汚染追跡による微生物調査の課題は、その起源を特定することです。菌や微生物の間には類似性はあるものの、それが土由来なのか植物由来なのか、あるいは他の環境由来なのかを遺伝子マーカーで特定し、それを除外することによって、糞便の標的特異性が確保されます[58,59]。

土には、バイオマスの生産や生物多様性の支援など、多くの生態系機能がありますが、土は、きれいな飲料水を提供するという、特異能力をも有しています[60]。

土の浄水能力は、土中の生物多様性によって強化されます。浸透分析によると、土壌菌は、土の構造と水の浸透性の改善に関与しています。

土壌菌の関与によって、サイズの除外、吸着、ダイオフ(鉱化作用と代謝作用 [47])による汚染物質と病原体の除去が確保されるため、土のフィルター機能と中和機能が格段に向上します。

この事実は、ヒトの健康にとって、土壌菌がいかに重要であるかが強調されます。土壌菌は、有害汚染物質の分解を促進し、人間が悪化させた衛生状態の悪影響を低減してくれる存在なのです。

都市生活者は、たとえば厩舎を掃除することがないため、土はもちろんですが、糞便と触れ合うこともありません(図1)。

腸内細菌叢の発達においては、糞便中の微生物に接触することが重要です。このことは、経膣分娩された赤ちゃんの糞便中の腸内細菌叢が、帝王切開分娩された赤ちゃんのそれよりも、母親の糞便中の腸内細菌叢と似ている確率が高いという事実によって裏付けられています[61]。

離乳期以降の乳幼児が、地面を這い回って、何でも口に入れようとする様子を踏まえると、人の腸内細菌叢の進化にとって、土と動物の糞便が重要であると考えられます[6]

地面を這い回る時期に、土と動物の糞便が豊かな環境にいることが重要なのです。その時期に、健康維持に必要な免疫調節機能が発達するのですから。

上述の通り、都市などの人工的環境は、あらゆる形態の病原体から人間を守ろうとしているために、有益な微生物が激減する一方で、病原性微生物が蔓延りやすい環境になっているようです。

ほとんどの場合、糞便との接触によって、健康な腸内細菌叢が大きく混乱してしまう可能性は多いにあります[62]。

衛生仮説は、共益菌と病原菌の両方が、免疫機能を刺激できることを示しています。

都市部では、緑地や公園など、相対的に生物多様性が高いといえるエリアに行くことは、社会経済的状況とは関係なく、健康にとって有益です[63]。そのことは、環境中の多様な微生物との接触によってもたらされている可能性があります。

都市の生物多様性を増加させるために、都市を再野生化しようとする研究は、環境中の菌や微生物との接触機会が増えることによって免疫疾患に罹患しにくくなり、結果として人間の健康に寄与できるとしています[64]。

産業革命以前の農村環境と比較すると、現代人のライフスタイルによって、土と直接的に触れ合う機会が失われ、都市環境においては微生物の循環が阻害されているという考えられています。

つまり、土こそが、健康なヒトの、健康な腸内細菌叢にとっての主たる、そして重要な供給源なのです。

土と環境が、ヒトの腸内細菌叢をどのように形成するか、そしてライフスタイルの変化が腸内細菌叢にどのように影響するかについては、未解明です。

この分野は今、予防医学の見地から注目されている研究テーマになっています。

 

 

土壌微生物と腸内細菌の密接な関係④ へ続く