一般社団法人化学物質過敏症・対策情報センター

推定患者数1000万人。化学物質過敏症と共生できる社会は、誰もが安心して暮らせる社会。

合理的配慮の提供の義務化に、香害対策先進国カナダの成功事例を活かす

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令和6年/2024年4月1日より、学校など事業者には、利用者から求められれば、その人にとっての社会的バリアを排除すること(=合理的配慮の提供)が義務化されました。 

この法改正によって、利用者は、事業者に対して、香害対策を求めやすくなりました。


本ブログでは、合理的配慮の提供の義務化に、カナダの成功事例を活かす方法を考察します。

 

 

 

規制強化の歴史に学ぶ

私(化学物質過敏症・対策情報センターの代表理事)は、化学物質過敏症を発症後、24時間365日、インフルエンザで41度の熱が出たときのような体調に苦しめられるようになりました。

猛臭さんの柔軟剤臭にばく露すると、脱力して立てなくなるなど、生きること生活することが困難になりました。

このような状況に追い込まれると、企業に対して「香り柔軟剤の製造販売を禁止しろ!」と叫びたくなります。香害商品を製造禁止にしてほしいと願うようになります。

しかし、歴史を振り返ると、企業や行政に「香り柔軟剤の製造販売を禁止しろ」と訴えるのは「得策ではない」ことがわかります。

 

農薬DDT

農薬過剰使用問題に警鐘をならしたレイチェル・カーソンは、著書『沈黙の春(1962)』のなかで、農薬の総量規制を訴えていました。規制を求める根拠として「例えば、農薬DDTはこのように危険有害である」などと説明していました。

『沈黙の春(1962)』は、化学企業から猛反発されたものの、アメリカ国内での農業用DDTの禁止や、米国環境保護庁(EPA)の設立につながる環境運動の先駆けとなりました。


その後、『沈黙の春(1962)』で言及されたDDT、ディルドリン、クロルデン、エンドリン、リンデン、トキサフェン、ヘプタクロル含む23種類の物質が、「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」(通称POPs条約)(2004年5月発効)によって、国際的にも規制強化されました。

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画像: 環境省 残留性有機汚染物質POPs

 

しかし、わずか23種類の物質が規制されていく間に、数千万種類もの化学物質の商用利用が可能になっていきました。

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規制は、ないよりもあったほうが良いでしょう。しかし、商用利用可能な化学物質が数千万種類もあるのに、わずか数十種類を規制したとして、化学汚染問題は解決するのでしょうか?

農薬DDTは禁止されたものの、農薬が禁止されたわけではありません。有機リン系、ネオニコチノイド、グリホサートなど、安全性が高いとされる農薬が次々と登場し、しばらくすると、こうした農薬の、ヒトや環境への悪影響が判明するという、いたちごっこが続いています。

農薬は、必要以上に生産・使用されている恐れがあります。過去30年間に限っても、農薬の生産量は、2倍以上に増えています。

もちろん、人口が増えれば、農薬使用量も増えて当然ですが、1990年の世界人口53億人に対し、2021年の世界人口は79億人です。

農薬生産量の増え方は、人口増加率よりも多いのです。


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出典:Our World in Data  

 

「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」(POPs条約)では、工業化学品として、有機フッ素化合物(PFAS)のうちPFOS類が規制されましたが、有機フッ素化合物は12000種類もあり、PFOS類は、そのごく一部にすぎないのです。

ほとんどの有機フッ素化合物は野放し状態です。

 

規制には科学的エビデンスと国際協力が必要

特定の物質を規制・禁止するには、人体への悪影響がおきるメカニズム「科学的エビデンス」を提示しなくてはなりません。一般消費者に対処できるような話ではありません。

科学的エビデンスを得るために、誰かが研究してくれるかもしれませんが、誰も研究してくれないかもしれません。誰かが研究してくれたとして、確たる科学的エビデンスが得られるまで、何年かかるのかもわかりません。

化学物質は国際的に流通しています。一国だけで規制強化すると、国際的分業・協業に大きな支障が出ます。

そのため、化学物質の規制は、「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」(POPs条約)のように、国際的に強化されていくようです。

これも、良いことのように思えますが、規制を国際的なものにするために、長い時間がかかってしまいます。

 

 

カナダの成功事例に学ぶ

規制するのは大変なことですが、規制も禁止もせず、香害対策を前進させている国があります。カナダです。

カナダ労働安全衛生センターが打ち出した指針「職場の無香化にむけて」を、教育当局や大学が採用し、全スタッフ・児童学生・保護者に香料の危険性を周知し、香料製品の使用自粛を求めています。

 

ぜひ、「職場の無香化にむけて」(翻訳版)の全文をお読みください。

 

www.mcs-information.online

 


カナダは賢明です。

まずは、実際に困っている人の話に耳を傾け、寄り添う。

そして、その人が直面している困難を取り除くための努力をする。

規制・禁止するのではなく、方針を打ち出す。

公的機関が打ち出した方針を、学校や職場が採用し、スタッフや利用者に使用自粛を求めていく。

このやり方の良いところは、健康を害する物質を突き止めて科学的根拠を提示しなくてもよいこと、企業と戦わなくても良いことです。

「困っている人を守る」という理念を貫き続ければ良いのです。

指針にも協力要請にも強制力はありませんが、教育当局や大学が介入し、困っている人を助けるために協力要請してくれることの影響力ははかりしれません。

教育当局や大学が香料の危険性について周知し、香料製品の使用を自粛する児童学生、保護者が増えていけば、企業としても香料製品を製造しにくくなります。

 

◆カナダ・トロント大学の無香料ポリシー◆

私たちは空気を共有しています。トロント大学を無香ゾーンにするために協力してください。
ヘルス&ウェルネス クリニックにご来院の際は、香水、コロン、ヘアスプレーなどの香りのする製品の使用はお控えください。

出典:University of Toronto POLICY: Scent-free environment

 

28の小学校、10の中学校、7つの高校を擁するカナダ・グレータービクトリア学区では、公式サイトに「無香料ポリシー」を掲載し、全スタッフ、学生、保護者、訪問者に香料製品使用を控えるよう求めています。

 

◆カナダ・グレータービクトリア学区の無香料ポリシー◆

グレーター・ビクトリア学区は、すべてのスタッフ、学生、保護者、訪問者に、呼吸困難や頭痛などの有害な身体的反応を引き起こす香料を含む個人用品の使用を控えることを求めます。

出典:Policy 1450  Scent Sensitive Workplace

 

香害商品を規制・禁止しようとするのではなく、カナダのように、指針を打ち出し、その指針を、学校や企業など事業者を通して広めていくほうが、より早く、より大きなリターンを得られるのです。



合理的配慮の提供の義務化

日本では、香害を解決させていきたい人への追い風が吹いています。

「障害者差別解消法」が改正されたおかげで、香害被害者は、学校や企業など事業者に対して、「合理的配慮の提供」すなわち「香害対策」を求めやすくなりました。

以下、パンフレット  内閣府 合理的配慮の義務化 をもとに、「合理的配慮の提供の義務化」の要点を解説していきます。

 

合理的配慮の提供の義務化

「障害者差別解消法」改正に伴って、2024年4月1日から、学校、企業、団体などの事業者には、利用者から求められれば、その人の社会生活を困難にしている「社会的バリア」を取り除く努力をすること、すなわち「合理的配慮の提供」が義務化されました。

 

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出典: 内閣府 合理的配慮の提供が義務化されました

 

障害者差別解消法における障害者とは

「障害者差別解消法」では、障害者手帳を持っていなくても、何らかの社会的バリアによって社会生活を送ることが困難になっている人は「障害者」だとしています。

香害という社会的バリアに苦しんでいる人も、この文脈での「障害者」に該当します。


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障害者差別解消法における事業者とは

「障害者差別解消法」における「事業者」は、商業その他の事業を行う企業や団体、店舗であり、目的の営利・非営利、個人・法人の別を問わず。同じサービス等を反復継続する意思をもって行う者と定義されています。

個人事業主やボランティア活動をするグループなども「事業者」になります。

 

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建設的対話とは

事業者に「合理的配慮の提供義務」が課せられたとはいえ、個々の障害者が求める「合理的配慮」はそれぞれ異なります。

何をどうしてほしいのか、どのような配慮が提供可能なのか、障害者と事業者との間で「共に」検討していくことが必要です。それを「建設的対話」といいます。

 

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建設的対話を行う際、事業者には、「○○障害のある人は・・・」などと一括りにせず、個別に検討していくことが求められています。

 


合理的配慮の提供は個別の状況に応じて柔軟に検討する必要があります。
前例がないことは断る理由になりません。

 

 

合理的配慮の提供は、障害のある人もない人も同じようにできる状況を整えることを目的としています。それは特別扱いではありません。「特別扱いできません」と門前払いすることは、認められません。

 

 

留意事項と過重な負担

事業者に対して「合理的配慮の提供」が義務付けられたものの、無制限に何でも要望できるわけではありません。

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これに加えて、事業者は、対応不可能なレベルの「過重な負担」は、断ることができます。

「過重な負担」の有無については、個別の事案ごとに、以下の要素等を考慮し、  具体的場面や状況に応じて総合的・客観的に判断することが必要とされています。

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事業者にカナダの成功事例を採用してもらう

事業者に何を要望するかは自由ですが、例えば、「香害を何とかしてほしい」といった漠然とした要望では、恐らく、ほとんどの事業者は、何をどうしてよいかわからず、無策のまま時間ばかりが過ぎていく可能性が高いです。

上述のように、事業者は、負担が重すぎることは断ってもよいことになっています。

できるだけ具体的かつ負担の少ない方法を求めるほうが、対処してもらえる確率が高まります。そこで活用いただきたいのが「カナダの成功事例」です。

事業者に「カナダの香害対策を真似てほしい」と要望するのです。

まずは、カナダの成功事例にならって、事業者の公式サイトに、香害という社会的バリアを取り除いて共生社会をめざすことの必要性、香料の危険性、具体的対策方法などを掲載してもらうのです。

学校であれば、全スタッフ、児童学生、保護者、訪問者に対して、香料製品の使用自粛を求めていきます。

公式サイトに情報掲載したことは、メールの一斉配信などで、関係者全員に周知します。

こうしたやり方には「過重な負担」がないため、事業者が実行してくれる可能性は高いです。

もし、事業者があれこれ難癖をつけて「合理的配慮の提供」をしてくれない場合は、政府が立ち上げた「つなぐ窓口」に相談してみましょう。

 

つなぐ窓口(試行事業)

「合理的配慮の提供」の相談を地方自治体や各府省庁の適切な相談窓口につなぐほか、障害者差別解消法についての質問に回答する相談窓口が開設されました。

電話相談: 0120-262-701
対応時間: 10時~17時
・週7日受付
・祝日・年末年始(12月29日から1月3日)を除く

メール相談:info@mail.sabekai-tsunagu.go.jp
開設期間:令和7年(2025年)3月下旬まで

くわしくは政府広報オンラインをご確認ください。

 

 

なかなか消えない香り

香害は、香りが強く長く続くところが、非常に厄介です。

香料製品の使用をやめたとしても、その人や洋服から香りが消えるまでに数か月、場合によっては数年かかります。

香料製品の使用をやめても、なかなか香りが消えない理由として、下記2点が考えられます。

1)マイクロカプセル技術の特性

2)化学物質は脂肪組織に蓄積されやすく、解毒代謝されにくい

これらが香害の特徴であり、厄介な点であり、香害問題を解決しようとする人のハードルになりがちです。

 

1)マイクロカプセル技術の特性

2010年頃から、香料を強く長く香らせるために、香料を「マイクロカプセル」に詰める技術が普及していきました。

 

マイクロカプセルとは

マイクロカプセルは、「芯物質」と呼ばれる“中身”と、それを内包する「壁材」と呼ばれるカプセルから成り立っています。 芯物質の代表例は香料・染料・薬品などです。

「徐放」といって外部環境の変化や時間の経過によって、徐々に少しずつ放出することも可能で、医薬品、香料、農薬などで使われています。

富士フィルム

 

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画像:富士フィルム

 

香料マイクロカプセルは、摩擦などによってカプセルが破壊されたときに香料成分が放出されて香るように設計されています。

下記は、洋服の繊維に付着した香料マイクロカプセルを、電子顕微鏡がとらえた写真です。

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画僧: Microencapsulation of Perfumes For Application in Textile Industry

 

衣服から、長期間にわたって香りが発せられるのは、こうした香料マイクロカプセルが、柔軟剤に配合されるようになったからです。

繊維に付着したマイクロカプセルは、洗濯してもなかなか除去されないことがわかっています。香り柔軟剤の使用をやめてからも、衣服は、長く香りを放ち続けるのです。

 

2)化学物質は脂肪組織に蓄積されやすく、解毒代謝されにくい

香料成分の一部は、脂肪組織に蓄積されることや、母乳からも検出されていることが判明しています。
Fragrance: Emerging health and environmental concerns

 

香料成分に限らず、空気中に浮遊している化合物は、呼吸や皮膚を通して体内に流入してきます。
Environmental and Health Impacts of Air Pollution: A Review

 

私たち現代人は、生まれたときから、化粧品やパーソナルケア製品、掃除洗濯に使う化学品に囲まれて育ってきました。数年~数十年かけて体内に蓄積された化学物質や金属は、簡単には除去できません。

 

なかなか消えない香り ~ 実体験より

私(化学物質過敏症・対策情報センターの代表理事)のかつての職場では、化学物質過敏症を発症して苦しむ私を見て、香り柔軟剤や香水、汗拭きシートの使用をやめてくれる人が増えました。しかし、香りそのものはなかなか消えませんでした。

「みんな口先ばかり。協力してくれていない。」と、内心、悲しい気持ちでいましたが、ある日、3m以内に近づけなかった同僚男性に、50cmくらいまで近づけることに気づきました。発症から2年後のことです。

ふとみると、その男性は、以前より痩せていて、姿勢も良くなっていて、何だかスッキリした感じになっていました。

体内に取りこまれた化学物質は、呼吸や皮膚からの摂取量が減ると、少しずつですが、解毒代謝される量が増えていきます。

時間はかかったものの、におわなくなくなり、さらには痩せてスッキリした感じになったわけですから、恐らく、その同僚は、私が体調を崩した直後から、ご家族を説得して、香料製品の使用を自粛してくれていたのでしょう。

ありがたいことです。

香料製品は、使用をやめた後も、数か月~数年間、衣服や体から香り続けます。そのことを知らずにいると、香料製品の使用をやめてくれた人を、うっかり恨み続けることになってしまいます。

香害対策を進めるにあたって、「合理的配慮の提供」を求める側も、求められる側も、最近の香料が強く長く残ることや、香料などの化合物が体内に蓄積されることを知っておいたほうが、より建設的な対話を進めていけるはずです。