一般社団法人化学物質過敏症・対策情報センター

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2022年 化学物質過敏症研究の最前線⑤

 

化学物質過敏症(MCS)の歴史と研究動向をまとめた Multiple Chemical Sensitivity 2022 という総説論文の翻訳です。
2022年 化学物質過敏症研究の最前線④ の続きです。


翻訳文責:
一社)化学物質過敏症・対策情報センター
代表理事 上岡みやえ

 

目次

 

 

9. 評価手順

化学物質過敏症(MCS)患者の総合的評価は、数量的評価、質問票、精神物理学的な嗅覚検査によって行うことが可能です。

たくさんの評価方法が開発され、検証されており、読むことも購入することも可能です。

それらは、化学物質過敏症(MCS)患者を特定し、その症状を定量化する上で、臨床上、そして研究面からも有用であることが証明されています。

 


9.1 質問票

化学物質過敏症(MCS)の診断基準を定義するために、米国で開催された「1999年コンセンサス会議」に参加した研究者と臨床医ら[ 64 ]は、化学物質過敏症(MCS)を特定する第一段階として、MillerとPrihoda が開発した質問票「環境ばく露量と感受性のリスト(EESI:Environmental Exposure and Sensitivity Inventory(EESI)」を使用すべきであると、強く提案しました[ 66、67 ]。

「環境ばく露量と感受性のリスト(EESI)」は、一般的なトリガー物質に反応するかどうかを見極めるための質問票です。

その後、「環境ばく露量と感受性のリスト簡易版(QEESI)」が開発され、EESI より少ない、質問 50項目に答えるだけで、短時間のうちに、そして簡単に、化学物質過敏症(MCS)を評価できるようになりました[66]。

QEESI は、科学的にも国際的にも高く評価されています。様々な言語に翻訳されており、いくつかのバージョンが利用可能です[10,227,228,229,230,231]。

QEESI は、
・化学物質への暴露
・その他の暴露
・症状
・マスキング指数
・感受性の影響
という5つのセクションで構成されています。

各セクションには10の質問があり、「はい」または「いいえ」で答える「マスキング指数」のセクション以外では、機能障害の程度を数値化して回答するようになっています。

「化学物質へのばく露」では一連の化学物質についての質問、「その他のばく露」では様々な食品、薬物、布などについての質問、「症状」では筋肉、関節、胃、心臓などの様々な身体部位、心理的要因、気分についての質問が、それぞれ設定されています。

「感受性の影響」では、症状が日常生活にどのように影響するか、例えば社会的関係、旅行、衣服の選択、パーソナルケア製品の使用状況などについての質問が設定されています。

「マスキング指数」は、喫煙、飲酒、カフェイン飲料、家庭や職場での化学物質へのばく露など、生活習慣についての質問が設定されています。

QEESI では5つのセクションごとのスコアから、化学物質過敏症(MCS)の重症度を軽い・中程度・重い、と分類します。

化学物質不耐性を評価する質問票は、他にも存在します。

(a)化学物質への感受性基準(CSS:the Chemical Sensitivity Scale)と短縮版(CSS-SHR):
臭気および刺激性化学物質へばく露した後に、否定的な感情反応および行動上の問題の評価を自己申告してもらう質問票[232,233]。

(b)化学物質臭への感受性基準(COSS:the Chemical Odor Sensitivity Scale):
一般的な環境化学物質に対する、強い物理的反応を評価するための質問票[234]。

(c)化学物質への不耐性指数(CII:the brief Chemical Odor Intolerance Index): 
5種類の化学物質にばく露した後に、気分が悪くなる頻度を評価するための質問票[235]。

(d) トロント大学健康調査 ( UTHS:the University of Toronto Health Survey)
低レベルの化学物質へばく露したときの症状を特定する質問票[236]。

(e)無名の質問票:
化学的不耐性の有病率を測定するための、代表的化学物質122種類についての質問票[109]。

(f)特発性環境不耐性症状リスト ( IEISI:the Idiopathic Environmental Intolerance Symptom Inventory) 
化学物質過敏症(MCS)の症状の「頻度」に特化した質問票[237]。

(g)化学物質過敏症(MCS)と関連する疾患を誘発する環境因子を評価するドイツの質問票[125]:
診断基準として確立されてはいませんが、化学物質不耐性を特定するために有用な質問票です[64]。

 

9.2 嗅覚テスト

化学物質過敏症(MCS)の多くが嗅覚過敏に悩んでいます。嗅覚系の関与を否定したい場合には、嗅覚を数量的に評価することが賢明といえるでしょう。

人は、一般に、自分の嗅覚を、正確には自己評価できません。嗅覚を客観的に評価するには、数量的測定が必要になります。

市販されている検査キットは少ないものの、文献から、50種類以上の数量的な嗅覚テスト方法を知ることができました。

嗅覚テストの多くは、匂いの感覚を検出し、識別し、判別し、そして記憶する能力を基礎としています(レビューについては [238,239] を参照ください)。

臨床向け、実験向けに開発された精神物理学的な嗅覚テストのなかで、最も広く使用されているのは、ペンシルベニア大学[239]あるいはエランゲン-ニュルンベルク大学[240]が開発したもので、どちらも市販されています。

ペンシルベニア大学で開発された嗅覚テストは、40項目をセルフ診断するタイプのもので、米国ニュージャージー州ハドンハイツの Sensonics International 社が「ペンシルバニア嗅覚識別テスト(UPSIT®:Pennsylvania Smell Identification Test  [241])」という名称で製造しています。

34言語で販売されており、2020年の改訂版が利用可能となっています。

セルフ診断型テストとしては、12項目だけの簡易版嗅覚テスト(B-SIT®)も販売されています。これは、異文化間の嗅覚識別テスト(CC-SIT:Cross-Cultural SmellIdentificationTest)としても知られています[242]。

その他、8項目の全国健康栄養調査(NHANES)嗅覚識別テスト、および12項目の非言語的臭気記憶/識別テスト(ODMT®)などがあります。

化学物質過敏症(MCS)に使用されているのは、「ペンシルバニア嗅覚識別テスト(UPSIT®)」と「簡易版嗅覚テスト(B-SIT®)」の2つです[243]。

「ODMT®」は、10秒、30秒、60秒の、3つの時間間隔によって嗅覚を数値化するテストです [242,244]。

ペンシルベニア大学は、その人が識別できる化学刺激の最低濃度を確認できる、高品質なしきい値テスト「SnapandSniff®:嗅覚しきい値テスト」を開発しました [239,245]。

このテストキットには、20種類の匂いの「棒(wands)」がセットされています。そのうち10本には、米国薬局方(USP)グレードの軽油で希釈されたフェニルエチルアルコールが、匂い強度10-2(最強)から10-9(最弱)の範囲で添加されています。5本には他の匂いが、5本は無臭となっています。

匂い物質は、それぞれの棒(wands) 内の充電式カートリッジに含有されています。

親指でスライドさせると、匂い物質が添加された芯が露出します。この芯の匂いを嗅ぐわけですが、芯はカートリッジの中におさまっているので、直接的に鼻に触れることはありません。

スライドを戻すと、芯は、カートリッジ内部に収納されます。

これらのテストの信頼性と、基準データを利用することができます。

ドイツ・ハンブルクの Burghart Messtechnik 社が製造している、Sniffin’Sticks の検査キット[246,247,248]は、フェルトチップペンのような臭気装置を用いる、鼻の化学感覚性をはかるテストです。

16段階の希釈濃度で作られた「n-ブタノール溶液」を使用することで、嗅覚のしきい値評価ができるようになっています。

最新バージョンでは、匂い物質として「フェニルエタノール」が使われています。

嗅覚テストでは、3個セットのペンが16組、ランダムに並べられています。2つのペンには同じ匂い物質が、3つ目のペンには異なる匂い物質が添加されています。

被験者は、1組ごとに、3つのペンの中から異なる匂いを選ぶように求められます。

被験者は、最後に、一般的な16種類の匂い物質を通して、嗅覚をテストされます。

それぞれの匂いは、キーワードが書かれたカード4枚の中から、該当カードを選ぶ形で識別します。

Sniffin’Sticks の検査キットを利用した、嗅覚記憶検査については、[249]を参照ください。

嗅覚は、最も感覚的なものから、最も認知的なものまでの連続体として、仮定的に順序付けることができます。

つまり、嗅覚は、匂いの感知、匂いの強さの判別、匂いの種類の識別、匂いの認知、手がかりのある識別、手がかりのない識別[249]であり、階層的かつ並列的に相関しています[250]。

多くの化学物質過敏症(MCS)研究において、Sniffin’Sticks 検査キットが使用されています[75,79]。

これらの研究から、信頼のおける標準データを引用できます。

その他、電気生理学に基づく嗅覚テストや、オルファクトメーターを用いるコンピューター化された自己管理型嗅覚テストなども存在します。

これらは、利用価値の高い嗅覚テスト装置ですが、コストの高さと技術的難易度の高さから専門的研究機関内での使用にとどまっており、化学物質過敏症(MCS)研究にはほどんど採用されていません。

 

10. 結論と今後の方向性

本レビューでは、化学物質過敏症(MCS)の歴史、定義、人口統計、有病率、病因など、現在知られている化学物質過敏症(MCS)の概要をまとめました。

化学物質過敏症(MCS)の多様な症状を包括的に説明できる、標準的かつ統一的な診断基準は、いまだ作られていません。しかし、医学的に注意深く評価していくと、呼吸器障害、皮膚障害、胃腸障害、精神障害/身体症状症など、伝統的疾病として診断されることになります。

精神障害/身体症状症については、症状の心理的原因と器質的原因との区別が進んでいます。

化学物質過敏症(MCS)の症状を分類し数値化するのに役立つ、質問票や症状リストの開発においては、大きな進歩が見られます。それらは、化学物質過敏症(MCS)の因果関係を特定し、治療法の確立に役立つ可能性があるでしょう。

化学物質過敏症(MCS)患者は、生物学的要素と心理的要素の間の複雑な相互作用と、伝統的診断基準にあてはまらない症状を呈しますが、原因が何であれ、明らかな症状に苦しんでいます。

化学物質過敏症(MCS)の多様な症状が、化学物質へのばく露以前にもみられるものなのか、ばく露後に発生するものなのか、論争は続いています。

様々な政府機関が、化学物質過敏症(MCS)を臨床的実体として認めていることによって、発症機序にこだわることなく、症状を引き起こす要因への理解だけは進んでいます。

化学物質過敏症(MCS)は、定義されるだけでは不十分です。健康状態を最適化する責任がある社会的、政治的、経済的エコシステムにも関係してきますが、健康を理解するための一般的かつ幅広い基準での、健康行政上の配慮と管理を必要とします[11、18、56、70、251、252、253、254]。

そのような要因の、少なくとも1つは、大気汚染です。

世界保健機関(WHO)は、大気汚染を、非伝染性の慢性疾患を発症させる上位5つのリスクのひとつとしています。その他のリスクは、喫煙、アルコールの乱用、不健康な食事、運動不足です。

化学物質過敏症(MCS)は、明らかに、大気汚染の影響を受けています。

化学物質過敏症(MCS)を発症させる化学物質を特定するために、それらの相対的影響を確定させるために、そして Zucco、Militello、Doty らが示したパラダイムを介して心理的原因と器質的原因をよりよく区別するために、さらなる研究が必要です[8 ]。

Rossi と Pitidis [9]が指摘しているように、害のある物質や、生体内蓄積を起こしやすい人、解毒が困難な人を特定するには、注意深く管理された長期的ばく露研究が必要不可欠です。

留意すべきは、化学物質過敏症(MCS)が脳機能に及ぼす影響を実験的に定義するには、アセチルコリンエステラーゼへのリガンド(配位子)や、環境毒性物質の影響を受けうる神経化学物質によるPET研究など、より高度なイメージング研究が必要という点です。

多くの研究者が、低レベルの環境化学物質へのばく露によって誘発される疾病仮説を実証するための、研究デザインについて概説しています([63,191]など)。

後進の研究者にとっては、こうした推奨事項を注意深く研究することが賢明であると思われます。