一般社団法人化学物質過敏症・対策情報センター

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2022年 化学物質過敏症研究の最前線①

化学物質過敏症(MCS)の歴史と研究動向をまとめた Multiple Chemincal Sensitivity 2022 という総説論文の翻訳です。


翻訳文責:
一社)化学物質過敏症・対策情報センター
代表理事 上岡みやえ

 

目次

 

 

要約/Abstract

化学物質過敏症(CS)、化学物質不耐症(CI)、特発性環境障害(IEI)、毒性物質誘発性の耐性喪失(TILT)などの別名を持つ「複合的化学物質過敏症(MCS)」(以下化学物質過敏症(MCS)にて統一)は、身体を衰弱させる症状が繰り返されることを特徴とする、後天性多因子症候群です。

この、物議を醸す症状は、通常では、ほとんどの人に有害な用量よりも、はるかに少ない用量の環境化学物質によって誘発されることが報告されています。

症状は、様々な臓器系に及び、通常、環境化学物質が除去されると、消失します。

しかし、自己申告による化学物質過敏症(MCS)の症状として広く受け入れられている生理学的機能障害は、客観的測定値との間に、明確な関連性が見られません。化学物質へのばく露と、症状や反応の間に、明確な量的関係性を観察できないのです。

生物学的仮説も心理学的仮説もたくさんありますが、障害の根底にある病因と、発症プロセスは解明されておらず、論争が続いています。化学物質過敏症(MCS)を臨床実体と見なすべきかどうかも、論点のひとつです。

過去数十年の間に、化学物質過敏症(MCS)に悩む人が増えていることから、科学者も国家も、この病に大きな関心を寄せるようになってきています。

本論では、化学物質過敏症(MCS)についての理解を深めるために、この病の歴史、定義、人口統計、有病率、病因解明などの課題について、概説していきます。

 

キーワード:化学物質過敏症、化学的不耐性、毒物による耐性喪失、有病率、病因、評価、嗅覚、精神病理学

 

 

1. はじめに

化学物質過敏症(MCS)の症状は、洗浄剤、洗剤、ディーゼル排気ガス、ホルムアルデヒド、プラスチック、カーペット、エポキシ、農薬、およびいくつかの合成および天然香料などの低濃度の化学物質へ繰り返しばく露することによって発症すると考えられています。

場合によっては、高濃度の化学物質に1回だけばく露した直後に、あるいは、その後の時間経過とともに少しずつ発症する可能性があります。[ 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11 ]。

多くの場合、化学物質過敏症(MCS)は、「感作」と「トリガー(引き金)」という2つの異なる段階があると考えられています[ 12 ]。

第1段階では、化学物質へばく露した後に、あるいは、体調不良の人には嫌悪感を催すような出来事に遭遇したときに、症状がでます。


第2段階では、症状を引き起こす物質が増えて、より多くの臭気物質や化学物質に反応するようになります(拡散効果)。この段階では、臓器系の症状が出始めます。臓器系の症状は、次第に増えていきます[ 13]。

化学物質の臭いに対する過敏症、吐き気、めまい、頭痛、上気道不快感、鼻水、胸と喉の痛み、関節痛、呼吸困難、倦怠感、集中力の欠如、記憶障害、うつ病、不安、気分の乱れ、およびその他のさまざまな認知的および心理的障害など、複数の症状を併発させる可能性があります[ 2、5 ]。

その患者の生活環境から、反応物質を除去すると、多くの場合、それまでみられた症状は軽減します。

今のところ、化学物質過敏症(MCS)患者が訴える、複合的症状に見合う、標準的医療検査は存在しません。化学物質過敏症(MCS)の発症機序や発症原因は、生物学的であれ心理的であれ、完全には特定されていません[ 6、7、12、14、15、16、17、18、19、20、21、22]。

症状にとらえどころのないことと、症状の不均一性は、化学物質過敏症(MCS)が、単一の臨床実体として存在しうるのかという疑問を生じさせます。

化学物質過敏症(MCS)と電磁放射曝露(ERE)は、確定的な診断と説明が必要な、他の疾患、例えば線維筋痛症(FM)、湾岸戦争症候群(GWS)、慢性疲労症候群(CFS)、シックビルディング症候群(SBS)、などと並置されることが多く、場合によっては組み合わされることもあります。[ 18、23、24、25、26、27、28、29、30、31、32 ]。

本論では、化学物質過敏症(MCS)を理解するために、生物学的見地および心理学的見地から、この病の歴史、定義、人口統計、有病率、発症原因などについて概説していきます。

ご留意いただきたいのは、化学物質過敏症(MCS)を概説するために尽力してはいるものの、数十年間に及ぶ広範囲かつ膨大な量の研究を、本論にて完璧に説明することは不可能である点です。

この謎の多い障害についての総説論文に興味がある方は、他の文献も参照ください。[ 6、7、9、16、17、18、19、33、34、35、36、37 ] 。

 


2.化学物質過敏症(MCS)の歴史

化学物質過敏症と環境疾患への関心 ー 化学物質過敏症(MCS)の黎明期 ー は、アレルギー専門医のセロン・ランドルフ(1906-1995)が、環境化学物質、汚染物質、いくつかの食品へのばく露によるアレルギー反応が、広範囲におよぶ身体的・精神的疾患の原因であると主張した1950年代に高まりました。

 

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画像:Dr Theron Grant Randolph



ランドルフ[ 38、39、40 ]は、過敏かつ異常な免疫応答を誘発するアレルゲンの毒性を強調するために、「食物依存症」「生態学的精神病」という新語を作り出しました。

彼はまた、彼が「臨床生態学(Clinical Ecology)」と名づけた、物議を醸す医療分野の創設者としても、認知されています[ 40、41 ]。

ランドルフの信条、診断方法、および治療法は、一般的かつ標準的な科学的方法論の範疇にはないものです。

ランドルフは、病原性モデルに基づく考え方を、査読された医学または科学文献でテストされていない概念(例えば食物依存症、アレルギー、特定の適応、全身負荷、生化学的過負荷、拡散現象、感受性など)によって展開していきました[ 42 ]。

ランドルフと彼の信奉者が、環境に起因するとされる多種多様な疾患や障害の病因と治療に採用したアプローチは、科学的証拠の欠如によって、医学界からは疑似科学とみなされてきました。

そのため、化学物質過敏症(MCS)は、以下のような権威ある医療機関には、いまだ実体のある疾患として認知されていません。

・アメリカアレルギーアカデミー[43,44,45]
・American College of Physicians [46]
・American College of Occupational and Environmental Medicine [47,48]
・科学と健康に関するアメリカ評議会[49]
・アメリカ医師会[50,51]
・Royal Collegeof Physicians
・Royal College of Pathologists [12,42,52,53,54,55]

こうした否定にもかかわらず、「臨床生態学(Clinical Ecology)」という用語によって、社会的・政治的・経済的生態系のなかで、個人、個人の微生物叢、個人の健康が、互いに関係しあっていると主張する医学運動を支持する人が増えています[56]。

本論後半でも説明していきますが、多くの政府機関が、他の分類方法や、経験的研究による定義によって、化学物質過敏症(MCS)を認知しています。この障害は、実質的存在が認められていると言ってよいでしょう。

 

化学物質過敏症(MCS)の診断基準

化学物質過敏症(MCS)の診断には、1980年代に、Cullen [ 57 ]が編み出した診断基準が採用されてきました。

 

画像:Mark R. Cullen, MD


Cullen は、化学物質過敏症(MCS)の症状例と、明確な診断基準を確立した、最初の人です([ 58、59も参照]])。Cullen 以降、化学物質過敏症(MCS)を再定義しようとする、新たな診断基準が提案され、たくさんの病名が作られていきました。

化学物質過不耐症(CI)
化学物質過敏症(CS)
特発性環境不耐性(IEI)
毒物誘発性の耐性喪失(TILT)
全アレルギー症候群(20世紀の病気とも呼ばれる)
化学物質傷害
化学物質恐怖症
毒性傷害
環境過敏症症候群(EHS)
環境障害

などです。

この病を診断するにあたって、症状を定義すること、さらには病因を見いだすことが、いかに難しいかが、病名の多さに見てとれます[ 15、16、18、19、20、55、57、60、61、62、63、64、65 ]。

Cullen の[ 57] 化学物質過敏症(MCS)の診断基準は下記のとおりです。

(a)化学物質または有害物質にばく露後に発症する後天性障害
(b)症状が複数の臓器にまたがる
(c)予測可能なさまざまなクラスの化学物質または臭気への応答として症状の発生。
(d)ほとんどの人に害を及ぼさないレベルで具合が悪くなる
(e)症状と、一般的かつ客観的な医療検査との間に相関性がみられない

Cullen は、これらの症状は、有害環境物質(農薬、ガソリン、有機溶剤、有機リン酸塩、除虫菊など)に、単独かつ高レベルでばく露した後に、あるいは、低レベルの有害環境物質に繰り返し的ばく露した後に、中毒症状やアレルギー症状が発生する可能性があるとしています。

Cullen の定義基準は、科学界から好意的に受け入れられ、米国の化学物質過敏症(MCS)コンセンサス基準に組み込まれました[ 64 ]。

化学物質過敏症(MCS)は慢性疾患であること、化学物質への反復ばく露後に再現性のある症状が出現すること、症状を誘発させる刺激物質が除去されると改善または解消することもあると、結論づけられました([ 61 ]も参照)。

化学物質過敏症(MCS)と、他の疾患(例えば、心臓血管、胃腸病、精神医学、神経毒物学)を区別できる診断基準を確立することに加えて、Cullen にいき当たった研究者や臨床医は、はじめの一歩として、Cullen の質問票を使用するようになりました[ 66、67 ]。

この質問票は、Environmental Exposure and Sensitivity Inventory(EESI)と呼ばれ、一般的な化学物質に反応しやすい人を見つけ出せるように設計されています。

最近では、Lacour らが、Cullen の診断基準を検証、改訂、拡張し、以下のガイドラインを提供しています。

(a)自己申告による臭気過敏症の症状は、主に中枢神経系(頭痛などのいわゆる非特異的愁訴)である

(b)そのような症状は、他の臓器に二次的悪影響(胃腸症状、筋骨格症状、皮膚症状などの不定愁訴)をもたらす可能性がある

(c)症状は、少なくとも6か月間継続している
 (自己限定的な、急性/亜急性の毒性反応を除外するため)

(d)症状が、社会的にも職業的にも悪影響を与えている

慢性疲労症候群(CFS)や線維筋痛症(FM)など、化学物質過敏症(MCS)と重複しているが、医学的に説明のつかない症候群を、化学物質過敏症(MCS)の直接的な結果であるかどうかに関係なく、除外基準と見なします。

現在、Cullen や Lacour らの診断基準は、最も広く使用されているものですが([18]; [67,68,69,70,71]も参照)、代替案も提案されています。

たとえば、石橋ら [72]は、一般的な基準ではなく、実際の症状と病因に基づいて、化学物質過敏症(MCS)とシックビルディング症候群(SBS)を区分することを提案しました。

彼らは、化学物質過敏症(MCS)を、以下の4つの病因に基づいて分類します。

(a)化学的中毒

(b)特定の化学的曝露(新しい家の環境など)

(c)心理的要因

(d)アレルギー


 

2022年化学物質過敏症研究の最前線② に続く