一般社団法人化学物質過敏症・対策情報センター

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2023年 化学物質過敏症研究の最前線 1/5

 

Multiple chemical sensitivity: It's time to catch up to the science(2023)「化学物質過敏症:科学的に解明され始めてきた」という論文の翻訳です。

 

翻訳文責:
一社)化学物質過敏症・対策情報センター
代表理事 上岡みやえ

 

ハイライト
・機能画像研究では、MCS における複数の脳の変化が実証された。

・これらの脳領域は TRPV1 および TRPA1 受容体を発現する。

・TRPV1 および TRPA1 受容体は MCS で感作される。

・同様の脳領域は、併存する身体的および心理的状態に関与している。

・TRP 受容体過敏症は、MCS の併存疾患の一因となる可能性がある。

 

 

要約

化学物質過敏症 (MCS) は、低用量の化学物質へのばく露に伴う複雑な病状です。

化学物質過敏症 (MCS)  は、線維筋痛症、咳嗽過敏症、喘息、片頭痛、ストレス/不安などの多様な特徴と一般的な併存疾患によって特徴付けられ、この症候群は多くの神​​経生物学的プロセスや多様な脳領域内の機能の変化を共有しています。

化学物質過敏症 (MCS)  に関連する予測因子には、遺伝的影響、遺伝子環境相互作用、酸化ストレス、全身性炎症、細胞機能不全、および心理社会的影響が含まれます。

化学物質過敏症 (MCS)   の発症は、一過性受容体電位(TRP) 受容体、特に TRPV1 とTRPA1の感作に起因すると考えられます。カプサイシン吸入負荷研究では、TRPV1 感作が化学物質過敏症 (MCS)   に現れることが実証され、脳機能画像研究では、TRPV1 および TRPA1 アゴニストが脳領域特異的な神経細胞の変異を促進することが明らかになりました。

残念ながら、化学物質過敏症 (MCS)   は精神的障害から生じるものであるという不適切な見解が多いために偏見をもたれやすく、排斥され、その症状から施設利用を拒まれてきました。

適切なサポートと権利擁護を提供するには、証拠に基づいた教育が不可欠です。受容体媒介の生物学的メカニズムについての認識をさらに深め、法律や環境曝露の規制に組み込んでいくべきです。

 

 

1 . 化学物質へのばく露

人間は、複雑かつ動的な混合物として偏在する何千もの化学物質に、常にばく露しています。

長期にわたる汚染物質へのばく露は、罹患率と死亡率の上昇原因となります。世界保健機関(WHO)は、化学汚染が、心血管疾患、呼吸器疾患、神経変性疾患などの非感染性疾患を発症する危険因子トップ5の1つであるとしています。

化学物質へのばく露が健康に及ぼす影響は、ばく露の度合いと、化学物質を解毒代謝する能力の両方に関連しています。

あらゆる細胞に解毒代謝能力があることが、防御機能の基本的かつ不可欠な特徴といえます。栄養欠乏や生体異物へのばく露がひどくなると、解毒不全状態になり得ますが、遺伝的あるいは非遺伝的な要因によって緩和される可能性があります。

化学汚染へのばく露は、酸化ストレスを誘発または助長させる可能性があります。それは、大気汚染由来の慢性疾患の、主たる発症機序であると考えられています。

ヒトは、1日の90% を屋内で過ごします。住宅や職場の建物外壁は、屋外の大気汚染へのばく露を、多少は緩和してくれるかもしれませんが、大気汚染物質は必ず屋内に浸透していきます。

化学物質へのばく露という点では、屋外空気よりも、室内空気の影響が大きいです。揮発性有機化合物 (VOC) の発生源は室内に多いため、室内空気中の揮発性有機化合物 (VOC) の総濃度は、屋外空気の約4 倍も高いのです。

揮発性有機化合物 (VOC) の濃度は、新築建物あるいはリフォームされた建物のほうが高いことが観察されています。

一般に、屋内の揮発性有機化合物 (VOC) 発生源には、芳香剤、香料入り製品 (パーソナルケア製品、洗濯洗剤や柔軟剤、消臭剤、消毒剤など)、ドライクリーニングされた衣類、家具、建築資材などが挙げられます。

揮発性有機化合物 (VOC)は、化学物質過敏症 (MCS) の多くが、トリガー物質(症状を引き起こす物質)として申告する可能性が高い化学物質です。

今のところ、それ以下であれば健康被害は出ないという、汚染濃度の閾値は特定されていません。

細胞培養、動物モデル、ヒト患者における大気汚染へのばく露の影響を調べる研究では、酸化ストレスと炎症性バイオマーカーが変化することが、再三にわたって実証されています。

酸化物質の生成と、体内の抗酸化機能のバランスが崩れると、酸化ストレスの度合いが変化します。

酸化ストレスと全身性炎症は、環境由来のストレス要因が、自覚的症状として発現する過程において観察されることが多い身体反応です。

屋内外の広い範囲に遍在する汚染物質にばく露すると、酸化ストレスが起きることは、何度も証明されています。

 

 

2.汚染に対する細胞の反応

生体異物である化学物質に低濃度でばく露すると、酸化ストレスを軽減する早期警告検出受容体システムが発動するため、化学物質による組織損傷が引き起こされる前に、解毒遺伝子の発現が調節され、解毒が促進され、酸化ストレスが緩和されます。

こうした反応には、生体異物受容体 (XR)、アリール炭化水素受容体(AhR)、Keap1 (ケルチ様 ECH 関連タンパク質 1)-Nrf2 (NF-E2 関連因子 2) システム、一過性受容体電位 (TRP) など、カチオンチャネルファミリー、バニロイド 1 (TRPV1) サブファミリーおよびアンキリン1 (TRPA1) サブファミリーなどが含まれ、全体としてうまく機能するには、それらの閾値の低さと、信頼性の高さが、均衡していることが必要です。

生体異物受容体 (XR) と アリール炭化水素受容体(AhR)は、環境化学物質や、化学物質の解毒代謝によって生成される有害物質のセンサーとして機能する細胞内受容体です。

これらの受容体が活性化すると、生体異物の第 Ⅰフェーズ および 第Ⅱフェーズの解毒に影響を与える遺伝子を標的にします。

Nrf2 (NF-E2 関連因子 2) と、その阻害物質 Keap1 (ケルチ様 ECH 関連タンパク質 1) は、酸化ストレスに対抗するための遍在的かつ進化的に保存された細胞内防御機構として、ペアで機能します。

Keap1 は Nrf2活性を調節するとともに、酸化ストレスのセンサーとしても機能します。

酸化ストレスが発生すると、Nrf2 は Keap1 から切り離され、核に移行します。第Ⅰフェーズ および 第Ⅱフェーズ では、解毒に関与する抗酸化遺伝子や代謝遺伝子の発現、フェーズ Ⅲ では生体異物トランスポーターの発現を誘導します。

一方、Nrf2は、炎症を誘発するサイトカイン遺伝子を抑制します。

Keap1-Nrf2 の経路によって、細胞損傷を引き起こす可能性がある化学的損傷や酸化的損傷への、哺乳類の細胞の感受性が決定されるなど、Keap1-Nrf2 の経路は重要な役割を果たしています。

化学汚染に対する細胞反応が過剰になると、酸化ストレスと全身性炎症が維持されていきます。 TPRA1およびTRPV1受容体は、酸化ストレスによる副生成物を感知し、有害な環境刺激に対する応答を媒介します。

効果的な解毒システムを有するヒトが存在する事は、病気の感受性に個人差があることの説明になります。

体内で生成された有害物質の解毒代謝システムは、個人の遺伝的変異によって低下する場合があります。その場合、酸化ストレスや、長期的ばく露の毒性影響が増大し、何らかの疾病の発症が促進されてしまいます。

遺伝子多型によって解毒代謝に悪影響がもたらされると、環境汚染物質由来の非伝染性疾患を発症するリスクが飛躍的に高まります。

いくつかの遺伝的多型は、化学物質過敏症(MCS) の患者に多くみられます。これらの観察結果が完全に一致しているわけではありませんが、2019年に発表された回帰分析は、遺伝的リスクがフェーズⅠ およびフェーズⅡ の肝酵素に関連しているという仮説を補強しています。

生体異物の解毒代謝に関与する研究は、化学物質過敏症(MCS) の 揮発性有機化合物 (VOC)  に対する感作への病態生理学的経路を解明する糸口になる可能性があります。

ただし、生体異物の解毒代謝不全だけが、化学物質過敏症(MCS) の発症機序とは考えられていません。解毒代謝に影響を与える多型が同定されない場合でも、対照群に比べると、化学物質過敏症(MCS) では、より深刻な酸化ストレスと全身性炎症が観察されます。