一般社団法人化学物質過敏症・対策情報センター

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空気中のキラー物質「ナノ粒子」 BBC記事翻訳

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以下、BBC Future に掲載されていた The toxic killers in our air too small to see 2019 という記事の翻訳です。

 

翻訳文責:
一社)化学物質過敏症・対策情報センター
代表理事 上岡みやえ

 

 

ノ粒子の脅威

 

現在の汚染メーターは、極小の汚染物質「ナノ粒子」をカウントしていません。最新研究は、「ナノ粒子」が、病気や死亡の主原因となっている可能性があることを示唆しています。

長年にわたって、大気汚染に関する報道がなされてきましたが、世界最大の環境衛生問題については、いくつかの誤解がありました。

たとえば、「PM2.5」(2.5マイクロメートル以下の固形汚染粒子)は、肺を通過して血流に入る可能性があると言われていましたが、実際には、PM2.5の大部分は、血流に入ってはきません。

二酸化窒素を含むNOxガスは、都市住人の健康への最大の脅威であると言われていましたが、NOxは、ヨーロッパの大気汚染による死亡に対しては、わずか14%程度の責任しかありません。

すべての大気汚染物質のなかで、もっとも凶悪な物質については、特に報道されることもなく、規制もされず、科学以外の世界では話題にのぼることさえありませんでした。

もっとも凶悪な物質。それは「ナノ粒子」です。

毛髪の約30分の1サイズであるPM2.5は、小さくて目にはみえないものの、比較的重い物質です。PM2.5は2,500ナノメートル(nm)、ナノ粒子は100nm以下です。

PM2.5とPM10(10,000nm)は、肺と呼吸器を害するキラー物質として知られていますが、ナノ粒子は、さらに体内のあらゆる臓器に到達し、破壊する可能性を秘めています。

政府当局は、PM2.5を質量で監視しているため(数百万のナノ粒子はマイクログラムという単位では測定できないことがあります)、政府の報告書は、真のリスクを過小評価するものになっているのです。

質量だけでなく、呼吸する粒子の総数をカウントすべき理由には、科学的根拠があります。

 

ンドン中心部の大気汚染調査

2003年、Surbjit Kaur は、Dapple実験(大気汚染の拡散とその地域環境への浸透)に参加しないかと誘われたとき、ロンドンのインペリアルカレッジで修士号を取得したばかりの若き研究者でした。

Kaur は、ボランティアたちに「クリスマスツリーの電飾のごとく」さまざまな大気汚染センサーを装着させ、それぞれのばく露状態をはかるために、4週間、ロンドン中心部の所定ルートを毎日歩いてもらいました。

・大気汚染は、私たちを殺す以上のことをしている
・汚れた空気が腸の健康にどのように影響しているか
・大気汚染が体内に与える小さな変化

チームは、学部の友人と一般人の人々のボランティアによって構成されていました。カウルは、今は、科学を離れて経営コンサルタントとして働いています。

彼女は、マダムタッソー蝋人形館のある、7車線の高速道路メリルボーンロードを中心とする道路沿いでボランティアたちと合流しました。

「4週間ばく露され続けるために、具合いが悪くなるだろうことを承知の上で、調査に参加しました。しばらくすると、かなりの不快感を感じました。」

ボランティアの体とバックパックの内側に掛けられた機器は、標準的な大気汚染物質であるPM2.5とCO(一酸化炭素)を測定しました。

カウルは、新しく発売された「P-Trak」というナノ粒子カウンターを装着していました。

「ガイガーカウンターに少し似ていて、大衆がパニックになるのではないかという懸念があったため、<フィールドワークで>それらを使用するには、あらゆる種類の承認を得る必要がありました」

このデバイスは、空気を吸い込み、粒子の表面にアルコールを噴霧して粒子を可視化し、レーザービームで個別にカウントすることにより、ナノ粒子を2 nm(人間の血球の何倍も小さい)までカウントできます。

作業の影響を受け、ニューヨーク州ロチェスター大学から出てくる、と国立公衆衛生研究所、フィンランド、カウルは、これらの「超微粒子」を数えることでいくつかの興味深いデータを追加できるという予感がありました。彼女は間違っていませんでした。


「粒子数が、ある程度変動することは予測していましたが、変動のレベルには本当に驚きました。通過した車の量は、ヒトのPM2.5 へのばく露には、あまり影響を与えませんでしたが、ナノ粒子へのばく露には大きな影響を与えました。」

ボランティアが舗装を踏みつけると、一度に最低36,000個の粒子、最大で130,000個の粒子にさらされました。

彼らが自転車で同じルートを移動したときは、(すべての機器でトリッキーですが不可能ではありません)、最大値と最小値はさらに20,000個増加しました。

車とバスの内部では、ナノ粒子の平均値が最も高くなりました。汚染源である排気管に近くなるほど、ナノ粒子の総数は多くなりました。

ナノ粒子の数は、歩道の道路側では平均82,000個、建物側では平均69,000個でした。距離的にはほんの数歩しか離れていないのにです。しかしPM2.5の測定値に変化はありませんでした。

カウルが大学の研究職から離れつつあった2006年頃、(彼女の研究は、政府当局の大気汚染へのばく露量の測定方法に、何の変化ももたらさなかった)ナノ粒子に関する研究は、ケンブリッジ大学の博士課程の学生へと引き継がれました。


ノ粒子ばく露に関する研究

Prashant Kumarは、デリーのインド工科大学(IIT)で修士号を取得するために、すでにPM2.5とPM10を研究していました。

しかし、博士号を取得するためにイギリスに到着したとき、「上司との話し合いの中で、ナノ粒子の測定、さまざまな環境での濃度について、ほとんど、またはほとんど何も行われていないことがわかりました。だから私はナノ粒子研究を課題に設定しました。」

2008年以降に発表された彼のその後の一連の論文は、ナノ粒子ばく露に関する独創的な研究となり、サリー大学での教授職につながりました。

「2008年に私が行った最初の研究は探索的分析でした」とKumarは回想します。「排気ガスが車両から出ると、それらはガスとして出て、より小さな<ナノ粒子>に冷却されます。

それからそれらはより大きな粒子を作るために蓄積し始めます。テールパイプからは、空気の立方センチメートルあたり10の6乗(100万)の粒子が検出されます。車の通る道路では10万、その道路脇では1万の粒子が検出されます。」

彼の研究によると、混雑した道路のすべての粒子の90%は、100nm未満のナノ粒子です。

これは私たちの健康に関する問題です。「質量が同じときは、粒子が小さくなるほど、表面積合計が大きくなります。体内に摂取されたときは、内皮に触れる面積が大きくなるため、<潜在的な毒性>が高くなります。」


これを視覚化するために、サッカーボールとゴルフボールを想像してみてください。

サッカーボールの円周は70cm、表面積は約1,500 cm2です。

ゴルフボールはずっと小さく、円周は約13cm、表面積は54c㎡になります。

体積では、サッカーボール内に、156個のゴルフボールを収めることができます。156個のゴルフボールの総表面積は8,453c㎡になります。サッカーボールの表面積よりも6.9㎡大きくなるのです。

ナノスケールでは、その違いが増幅されます。10億個の10nm粒子のヒュームは、1個のPM10粒子と同じ質量ですが、合計表面積は100万倍大きくなります。

そして、車の排気ガスに含まれる10nm粒子の表面は、有毒かつ未燃の燃料で覆われているのです。


クマール教授の別の研究は、小さな町の道端に沿って、ベビーカーに乗せられているる子供たちのばく露量を調べました。

「信号待ちのときにばく露量が高くなること、子供は大人よりもばく露量がはるかに高くなることがわかりました。場合によっては、ベビーカーの高さでは、大人の高さに比べて、ばく露量が20〜30%高くなりました。子どもの免疫システムは発達途上なので、健康への悪影響に対して、子どもはより脆弱です。」

カリフォルニアの子ども健康調査では、例えば、混雑した道路の500メートル以内に住む子どもたちは、肺容量に大きな損失を被っていることがわかりました。

ナノ粒子は、より大きなPM2.5が通過できない方法で、肺の壁を通過して血流に入る可能性があります。血流に入ると、それらは肺に与えるのと同じ炎症損傷を引き起こします。しかも、体内のあらゆる臓器や動脈に到達するサイズなのです。


最近まで、どのサイズの粒子が通過できるか、そしてどれが肺や上気道に詰まったままであるかは正確にはわかりませんでした。


液や内臓に到達する粒子のサイズ


ジグソーパズルの最後のピースは、2017年、エジンバラ大学の David Newby 教授が率いるチームが完成させました。研究チームの一員だった Jen Raftis 博士は、次のように述べています。

「血液中のナノ粒子を追跡するに十分な解像度を有する画像技術はありません。そこで、金を使うことにしました。」

オランダから借りた機械は、電極を使用して、金を2nmまでのサイズのナノ粒子に散乱させました。まず、エジンバラのチームは、マウスに、金のナノ粒子を吸い込ませました。その次に、ヒトのボランティアに吸い込んでもらいました。

「本当に安全であることがわかっているので、金を使用しました。金は不活性であり、物に反応したり、体内で酸化ストレスを引き起こしたりしないため、臨床的に使用されています。」

カーボンベースのボディ内で効果的にカモフラージュされているカーボン粒子とは異なり、検出も簡単です。

ボランティアは、粒子を吸入してから15分後と24時間後に血液と尿のサンプルを提供しました。

血液にも尿にも、金が混入していました。

チームは30nmのカットオフポイントを発見しました。30nm以下のサイズの金は血液中から検出されましたが、これより大きなサイズの金は、肺を通り抜けることができませんでした。

「ヒトに生検を行うことができませんでしたが、マウスでは行いました」

「主として、肺に最大粒子が蓄積していました。次が肝臓です。肝臓は、血液が最初に通過する臓器です。腎臓の孔径は5 nm のため、これよりも大きい粒子は腎臓を通過できません。毛穴のサイズは、体の各部位で異なりますが、皮膚に蓄積されている可能性もあります。」

3か月経過しても、ボランティアの尿からは、金が検出され続けました。


内におけるナノ粒子の挙動

その後、British Heart Foundationから資金提供を受けた David Newbyが、研究をさらに進めました。

繰り返しになりますが、動脈内にナノ粒子が蓄積すると、脳卒中や心臓病につながる可能性があると理論付けられていましたが、証明はされていませんでした。

彼は、動脈から脂肪沈着物(「プラーク」として知られている)を取り除くために手術を受ける予定の入院患者に近づきました。彼らが金ナノ粒子を吸い込んだとしたら、翌日の手術中に除去されたプラークから検出されるものでしょうか?

「プラークから金ナノ粒子が検出されました」

「このサイズと構造の大気汚染粒子は、吸入してから24時間以内にプラークに到達することが示されました。大気汚染は生涯にわたるばく露になるため、これは心臓病患者にとっては、非常に大きなリスクとなります。実験は1回限りですが、実際の生活においては、毎日ナノ粒子にばく露し続けているのですから。」

プラークを自動車事故、動脈を道路と考えてください。事故車の後ろにひかえる車を「ナノ粒子」とすると、大渋滞になるのは明らかです。

ナノ粒子自体も自動車事故の原因となる可能性があります。ナノ粒子の表面に有毒な化学物質が付着して、動脈に炎症がを引き起こされます。

(Newbyの前任教授であるKen Donaldsonは、1990年代にナノ粒子の毒性を強調していました)

疾病のグローバル研究は、脳卒中による全死亡の21%、虚血性心疾患による全死亡の24%は、大気汚染が原因の可能性があるとしています。

交通からのヒュームは、長い間、目に見える煤煙が悪者だと思われてきましたが、実際には、もっととらえどころのない、ナノ粒子こそが悪者であると考える研究者が増えています。

米国とEUを含むほとんどの国では、PM2.5、NOx、一酸化炭素、二酸化硫黄など、最も有害な大気汚染物質に対する法的制限があります。

しかし、ナノ粒子には同様の規制制限はありません。典型的な反論は、「PM2.5には1nmまでのすべてが含まれる」というものです。

技術的にはそうですが、これまで見てきたように、文字通り何百万ものナノ粒子が存在していても、PM2.5測定値は変動せず低いままです。

つまり、実際には大量のナノ粒子が渦巻いているのに、政府のWebサイトや携帯アプリのPM2.5の測定値は低いため、空気はキレイだと誤解される可能性が高いのです。

英国環境食糧農村地域省(Defra)の100nm未満の超微粒子に関する2018年のレポートにはこう記されています。

「現在、<ナノ粒子>の排出上限や排出削減目標はなく、インベントリーの作成を可能にする<ナノ粒子>の排出係数のガイドラインも、一般的な情報源もありません。」


既存の規制の1つ「Euro6車両​​排出ガス試験」には、粒子数の制限が含まれており、23nmまでの粒子が測定されます。

しかし、それには「都市環境における<ナノ粒子>の30%以上が含まれない可能性がある」と、Defraの報告書には記載されています。

エジンバラの金の研究で特定された30nmのしきい値を下回るものの、ほんの一部しか、カバーされていないのです。

おそらく唯一の良いニュースは、粒子数は粒子質量(PM2.5)の測定値とはあまり相関していませんが、NOxの測定値とは相関している傾向があるということです。

ナノ粒子と同様に、NO2はその発生源に最も近く、その後すぐに散逸します。NO2は、空気中の他のガスと反応して、ナノ粒子の一部を形成します。

したがって、NO2への取り組みは、ナノ粒子を削減するための代用として機能することがよくあります。「それらは同じソースから来ているので、それらはよく相関します」とクマールは言います。

NOxとナノ粒子の解決策も同じです。燃焼を帯電に置き換えます。

電気自動車は依然として道路のほこりを舞い上げますが、燃焼由来のナノ粒子やNOxを放出しません。

発電所は電力を得るのに必要ですが、私たちは発電所の煙突のそばに立つよりも道路のそばに立つことにはるかに多くの時間を費やしています。

(ただし、これが100%再生可能エネルギーに急速に移行する理由です)

ウォーキングやサイクリングなどの真のゼロエミッション輸送はさらに優れています。

ウォーキングやサイクリングへの移行を迅速に行うことができれば、より多くの命が救われるでしょう。

暫定的には、自転車専用レーンや、舗装と道路の間にある樹木、生け垣、つる植物などの緑の障壁を介して、燃焼に基づく交通から人々を物理的に分離することにより、曝露を減らす必要もあります。

カウルは、10年以上経った今でも、ナノ粒子の研究に影響を受けた自分の習慣を見つけています。

「私が歩道を歩いているとき、私が建物の側を抱きしめているのは、私の友人たちが陽気だと感じています!」彼女は笑います。「可能な限り、公園を通り抜けるか、脇道を進みます。」

エジンバラでは、ラフティスはさらに一歩進んでいます。

「家でろうそくを燃やすのをやめました。薪ストーブは好きですが、家では使っていません。料理をするときは必ず換気扇を回します。道路脇ではなく、公園内を走ります。電気自動車以外の車に乗る気にならないので、車の運転もしません。」

「交通量が多いとしても、運動によって大気汚染へのばく露を相殺している」からと、ナノ粒子の数は多いけれども、自転車に乗っています。」

政府はなぜ、ナノ粒子のばく露に焦点をあわせないのでしょうか。排出規制も政策も、もっと、ナノ粒子のばく露に焦点をあわせるべきではないでしょうか? 

調査に調査を重ねて、データがまとめられているのに、何の対策もなされず、あるのはリップサービスだけです。テクノロジーとともに動かなければならないと感じています。PM2.5は、モニターが測定するものです。」

同じ町内であっても、大気汚染へばく露量は、人、交通手段、ルートによって大きく異なる可能性があります。

ほとんどの都市や国では、大気汚染の状態は、少数のモニターによる定点観測しかなされていません。しかし、人は常に移動し続けています。

大気汚染対策は、人間の健康ためのものです。ところが、大気汚染対策が、人間の健康との関連性が低いデータに基づいているとしたら、それは、人々を助けず、かく乱するだけになってしまいます。