
室内空気は「固体・液体・蒸気・気体・反応生成物」の混合体
― 見えない空気の正体をひもとく
🏠 家の中の空気は“ひとつの化学系”
「外よりも、家の中の空気のほうが汚れている」
——これは都市伝説ではなく、国内外の研究で繰り返し報告されている事実です。
室内空気には、目に見えない無数の化学成分が漂っており、その組成は単純ではありません。
私たちの身のまわりの空気は、固体・液体・蒸気・気体・反応生成物が混ざり合う、刻々と変化し続ける化学物質のカクテルです。
その中で私たちは、呼吸し、飲食し、活動し、眠っています。
🌫 室内空気は「5つの相(フェーズ)」でできている
一般的な家庭の空気の中には、少なく見積もっても数千種類の物質が存在しているといわれており、大きくは「5つの相(フェーズ)」に分類されます。
空気中の物質はそれぞれ化学的性質・物理的性質が異なり、互いに影響し合いながら、時間とともに変化し続けています。
| フェーズ | 主な内容 | 特徴・例 |
| ① 気体相 (Gas) | 酸素・窒素・二酸化炭素などの基本成分+VOC(揮発性有機化合物) | 香料・溶剤・建材・洗剤由来の分子が呼吸器や神経・免疫系に影響 |
| ② 蒸気相 (Vapor) | 本来は液体や固体の物質が、温度・湿度・圧力によって一時的に気体化したもの | エタノール、水蒸気、香料成分など。 気体より重く、壁や繊維に付着→再放散を繰り返す |
| ③ 液体相 (ミスト/エアロゾル液滴) |
スプレーや加湿器で生じる微細な液滴 | 肺の奥まで届くことがあり、香料や除菌成分を運ぶ“媒体”になる |
| ④ 固体相 (粉じん/微粒子) |
PM2.5、繊維片、カビ胞子、マイクロプラスチックなど | 他の化学物質を吸着・運搬し、付着・再飛散を繰り返す |
| ⑤ 反応生成相 (化学反応で生まれる物質) | VOC+オゾンなどが反応して生じる「二次生成有機エアロゾル(SOA)」や「カルボニル類」 | 時間とともに、香りが変わったり刺激が強まったりする原因になる |
💧「蒸気」と「気体」はどう違う?
混同されがちですが、蒸気と気体の性質は異なります。
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気体(Gas):常に気体として存在する物質(酸素・窒素など)
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蒸気(Vapor):本来は液体または固体の物質が、一時的に気体の状態で存在するもの(例:水蒸気、香料の揮発成分など)
つまり蒸気は、温度や湿度の変化で簡単に液体に戻る性質をもち、壁・家具・衣類などに付着して、再び空気中に放出されます。
この「付着→再放散」のサイクルこそが、室内空気の汚染を長引かせる要因のひとつなのです。
🧪「におい」は単一物質ではなく、反応の連鎖
私たちが感じる“におい”の多くは、香料や溶剤などの蒸気/VOCによるものです。
しかし実際には、
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蒸気そのもの
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それが酸化して生じる新しい化合物
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微粒子や水分に吸着した分子
が組み合わさった複合体が、私たちの嗅覚を刺激しています。
たとえば柑橘の香り成分リモネンは、室内のオゾンと反応して「カルボニル類」「二次有機エアロゾル(SOA)」を生成します。
つまり、時間経過とともに「香りの質」は変化し続けており、良い香りから刺激臭へと変わることもあるのです。
👀 なぜ室内空気の汚染は“気づきにくい”のか?
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無色透明で見えない
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心地よい香りとして認識されやすい
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多数の物質が低濃度で共存し、特定が難しい
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空調や加湿により、付着と再放散が常に起こっている
「目に見えない」ことと「快感性」のせいで、健康影響が出ても、その原因が、刻々と変化し続けている化学物質のカクテル「室内空気」かもしれないと気づけなくなっています。
🌿 香料マイクロカプセルは汚染源のひとつだが、すべてではない
21世紀初頭、香りを強く、長く感じさせるために、目に見えないサイズのカプセル「マイクロカプセル」に香料を封入し、摩擦などでカプセルが壊れたときに中の香料が放出される技術が、柔軟剤などに導入されました。
しかし、香料マイクロカプセルが採用されているかどうかは、成分表示からは判断できません。香料やカプセルの構成材は企業秘密とされ、開示義務がないためです。
柔軟剤など一部の製品では香料成分の自主開示が行われていますが、すべてが公開されているわけではありません。
つまり、品質表示ラベルや成分表だけでは、香料マイクロカプセルの有無は分からないのが実情です。
香料マイクロカプセルが使われている場合、
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カプセルの膜材:固体
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香料成分:蒸気/VOC
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反応生成物:二次生成エアロゾルなど
が重なり合い、理論上は、三重の汚染が起こりえます。
特許情報や第三者の研究からは、カプセル素材にポリウレタンなどのプラスチックが使われてきたことが分かっています。
その一方で、最近は、液状香料、環状オリゴ糖(包接体)、生分解性キャリアなど、プラスチックに替わる素材も登場しています。
いずれにしても、私たち消費者は、個々の商品の中身までは知ることができません。
香害に苦しむ人たちは限られた情報の中で、必死に原因を探っています。しかし、開示されていない成分を第三者研究から推定し、それをもとに企業を非難することは、かえって社会的理解を得にくくしてしまうリスクがあります。
たとえば、「香料マイクロカプセル=プラスチック公害の元凶」と断定してしまうことなど。
実際にカプセルの素材がプラスチックなら汚染の一因となりえますが、現状では断定できるほどの情報はありません。
もし企業側から「当社のマイクロカプセルはオリゴ糖素材です」と説明されたら、議論はそこで終わってしまいます。
香料によって体調不良になる人が増えているという事実をもとに、香料製品の使用自粛を呼びかけたり、健康への影響を見分けやすいラベル表示の推進に取り組んだりするほうが、より建設的なアプローチだといえるのではないでしょうか。
🌏 これからの「空気リテラシー」
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空気は“見えない液体”のような多相混合体。
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蒸気と気体の違い、反応生成物の存在、付着と再放散を意識する。
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“香り”を「癒し」だけでなく「化学的存在」として理解する。
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PM2.5やナノ粒子など「微細サイズであることの有害性」について理解する。
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無香料製品を使う、換気を心がける、などで化学汚染へのばく露を減らす。