一般社団法人化学物質過敏症・対策情報センター

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腸内細菌による環境汚染物質の解毒⑥ 翻訳

以下、The gut microbiota: a major player in the toxicity of environmental pollutants? 2016   「腸内細菌による環境汚染物質の解毒」という論文の翻訳です。

腸内細菌による環境汚染物質の解毒⑤ の続きです。

 

翻訳文責:
一社)化学物質過敏症・対策情報センター
代表理事 上岡みやえ

 

目次

 

環境化学物質

 

人工甘味料

前述の通り、チクロ代謝は誘導可能ではあるものの、チクロ活性が高いからといって有意な変化は観察されないことが報告されています [98,99]。

しかし、ラットにチクロを投与し続けると、クロストリジウムがわずかに増加することが報告されています [98]。

同様に、アセスルファムKは、有意な抗菌効果も、細菌増殖促進効果も、有していないようです [100]。

しかしながら、これらの研究には、培養によって腸内細菌を検出する手法が採用されていました。チクロとアセスルファムKが腸内細菌叢に及ぼす影響については、現代のシーケンシング技術を用いた実験による再評価が必要だといえるでしょう。

なぜなら、アスパルテーム、スクラロース、サッカリンなどの人工甘味料が、動物やヒトに腸内毒素症をもたらすこと、腸内毒素症こそが、宿主を害する代謝機能不全の原因であるという証拠が増えているからです。

人工甘味料「Splenda」(Heartland Consumer Products、Carmel、IN、USA)(1.1%w / wのスクラロース、マルトデキストリン、ブドウ糖を含有するスクラロース製剤)を投与したラットの糞便では、嫌気性細菌の総数が増加した一方、ビフィズス菌、乳酸菌、バクテロイデス菌、クロストリジウム菌など好気性細菌の総数が減少しました [101]。

このことは、宿主にとって有益な細菌が減少したことを示すものです。

同様に、低用量(1日あたり5〜7 mg / kg)のアスパルテームを混ぜた水を飲まされたラットでは、総細菌数、腸内細菌科細菌、Clostridium leptum が増加したことが報告されています  [102]。

アスパルテームを投与されたラットは、血清中のプロピオン酸が増えること、空腹時血糖が高くなることも観察されています。

研究者らは、アスパルテームが腸内細菌の組成を直接的に変化させるため、プロピオン酸生成量が増えていることを示しつつ、このことが、肝臓のグルコ-ス新生の増加に至る可能性があるという仮説を立てています。

この仮説は、サッカリン、スクラロース、アスパルテーム(甘味料5% + ブドウ糖95%)を混ぜた水を与えたマウスが耐糖能障害を発症した一方で、水またはブドウ糖のみを与えたマウスは耐糖能障害を発症しなかったことを観察した Suez らの研究によっても裏付けられています [103]。

広域抗生物質を投与した動物が耐糖能障害を起こさなかったことから、人工甘味料によって誘発された耐糖能異常は、多種類の腸内細菌の相互作用によってもたらされたと考えられています。

ヒトの許容一日摂取量(ADI)相当(5 mg / kg /日)のサッカリンをプロトタイプ甘味料として与えたマウスの糞便を調べたところ、その腸内細菌組成から、サッカリンが深刻な腸内毒素症を引き起こすこと、そして Bacteroides、Clostridiales の数を増加させることが示されました。

サッカリンを与えたマウスの糞便では、​​グリカン分解経路が過剰になっていました。グリカンの発酵は、短鎖脂肪酸を含むさまざまな化合物の生成につながります。

さらに、サッカリンを与えたマウスでは、糞便中のプロピオン酸と酢酸塩の量が増えていることも観察されています。

最後に、ヒトへの影響をご紹介します。ヒトを対象とした小規模な介入研究では、サッカリンを5〜7日間摂取したボランティア被験者7名のうち4名は、血糖反応が著しく低下しました。

残る3名のうち1名は、血糖値には何の変化も見られませんでした。血糖反応が著しく低下した4名では、この1名とは異なり、腸内細菌の組成が変化しており、クラスター化も見られました [103]。

こうした観察結果から、腸内細菌の組成と機能の個人差が大きいヒトでは、人工甘味料摂取後の反応にも大きな個人差があることが見て取れます。

 

 

結論と展望

本論では、環境汚染物質と腸内細菌との間の、双方向的な相互作用についての様々なメカニズムを紹介しています。

多様な酵素能力を有している腸内細菌は、さまざまな化学族に属する環境化学物質を代謝しています。腸内細菌は、代謝過程において、宿主である哺乳類に対する環境化学物質の毒性を、増加させる、あるいは低下させる場合があります。

逆に、環境化学物質は、腸内細菌の組成や本来的機能を変化させたり、宿主の健康に悪影響を与えたりする可能性があります。

私たちは、全体として、腸内細菌は、環境汚染物質の毒性発現における、主要因であると推定しています。

しかしながら、腸内細菌と環境汚染物質の相互作用がもたらすリスクレベルを確定するには、解決しなくてはならない課題がいくつかあります。

まずは、薬物代謝に関与している腸内細菌と内因性酵素が、どのような相互作用をもたらしあっているのかを特定しなければなりません。

このことは、腸内細菌の組成の違いが、体内で生体異物が代謝される過程や、環境化学物質への全体的な感受性に与える影響を評価するために必要です。

そして、低用量の環境化学物質へ長期間ばく露し続けたときに、腸内細菌の生態系にどのような影響がもたらされるのかを評価しなくてはなりません。

私たちの知る限り、これは、まだ誰も取り組んだことのない研究課題です。

重要なのは、腸内細菌と生体異物の相互作用が、ヒトの健康に関連しているかどうかを評価することです。

このことは、既に腸内細菌の変調との関連性が指摘されている「代謝障害」の解明に向けて、特に必要となるでしょう。

この文脈においては、周産期および幼児期にばく露した環境化学物質が、腸内細菌叢の成熟や、免疫系の発達など腸内細菌の組成に左右される生理機能に、深刻な悪影響をもたらす可能性があることになります。

したがって、胎児期から幼児期に環境汚染物質へばく露したことが、後年の健康障害をもたらした原因のひとつかもしれないという視点から、研究を進めていく必要があります。