
以下、腸内細菌と薬の相互作用についてまとめた Interaction between drugs and the gut microbiome という論文を、わかりやすい言葉に置き換えた要約版です
翻訳文責:
一社)化学物質過敏症・対策情報センター
代表理事 上岡みやえ
1) 腸内細菌と薬の双方向的な関係性
腸の中には、人の細胞より多い数の微生物が住んでいて、食べ物の消化だけでなく、免疫や代謝、さらには気分にまで関わっているといわれています。
最新研究によって
(A)薬は、腸内の生態系を変える
(B)腸内細菌は、薬を化学変換して、効き目や副作用をもたらす
ことが、はっきり示されるようになってきました。
研究が進むにつれ、従来の「薬は人間の体だけに作用するもの」という見方は不十分であること、「薬は、人+腸内細菌という生態系に作用するもの」と捉えるほうが正確だと考えられるようになっています。
見落としてはならないのは、腸の生態系は、人それぞれという点です。
ヨーロッパの3000検体の解析では、ほとんどの人に共通して見つかる菌はごく一部にすぎず、まれな菌が多数を占めていました。
つまり、同じ薬でも、人によって効き方が異なるのは、腸内細菌の「顔ぶれ」の違いも影響しているようなのです。
2) 胃潰瘍:プロトンポンプ阻害薬(PPI)は腸内細菌の“顔ぶれ”を大きく変える
プロトンポンプ阻害薬(PPI)
胃酸を抑える「プロトンポンプ阻害薬(PPI)」は、逆流性食道炎や胃潰瘍の治療・予防に広く使われています。
欧州のデータでは、国民の約1~2割が使用しているといわれる、超メジャー級の薬です。
これまでの研究で、プロトンポンプ阻害薬(PPI)使用者は
✅腸内細菌の多様性が低下する
✅腸の常在菌が減少する
✅口の中の菌が腸に移動してくる
ことが判明しています。
プロトンポンプ阻害薬(PPI)び使用量が増えるほど、こうした変化が大きくなる傾向も見られました。
懸念すべきは、こうした変化が、感染症のリスク増につながる可能性です。
PPI使用者では、腸内細菌の「外敵の定着をはね返す力」が低下し、
● クロストリジオイデス・ディフィシル
● カンピロバクター
● サルモネラ
などの病原菌に感染しやすくなることが分かっています。
乳幼児期にPPIを多用すると、その後の肥満リスクが増加するという研究報告もあります。
漫然とPPIを長期使用することには、大きなリスクが潜んでいるのです。
3) 2型糖尿病:メトホルミンの効き目にも副作用にも腸内細菌が作用する
メトホルミン
肝臓での糖新生を抑える「メトホルミン」は、2型糖尿病患者に、真っ先に使用される薬です。
メトホルミンの効き目においては、腸内細菌の作用が重要だと認識されつつあります。
メトホルミンは、短鎖脂肪酸(とくに酪酸)を作る菌や、アッカーマンシア菌に働きかけることで、血糖値を下げる働きをしていることが示されています。
健康成人へのメトホルミン投与実験においては、80種類以上の菌が有意に変化しました。
面白いことに、その実験で得られた便を無菌マウスの腸に移植すると、マウスの血糖値が下がったそうです。
その一方で、メトホルミンを服用している患者の最大3分の1が、下痢、膨満感、吐き気などの消化器系の副作用を報告しています。
メトホルミンは、腸内で大腸菌を増やすため、その結果、ガスの発生量や水分の吸収量に異常をきたし、こうした症状が引き起こされると考えられています。
それに加えて、メトホルミンは、腸内で短鎖脂肪酸(SCFA)をつくる菌を増やします。短鎖脂肪酸の代謝物が、腸のホルモン(GLP‑1など)分泌を変化させるため、「下痢」や「膨満感」につながりやすくなるとされています。
つまり、メトホルミンは、腸の生態系を通じて、
💡 薬の効き目
💡 薬の副作用
の両方を発揮しているのです。
4) 下剤・スタチン・抗うつ薬など、他の身近な薬も腸内環境を揺さぶる
大規模なグループ分析では、
💊 下剤
💊 スタチン(血液中のコレステロール値を低下させる薬)
💊 抗うつ薬
💊 オピオイド(鎮痛薬)
などの、一般的な薬の多くが、腸内細菌の多様性や顔ぶれを変化させることが分かってきています。
下剤の影響を評価するとき、腸管を通過する時間、便の硬さ、腸内細菌量も、腸内細菌の特徴に影響を及ぼすことを考慮する必要があります。
ポリエチレングリコール(PEG)を用いて、軽い浸透圧性下痢を起こさせたマウスでは、
😲 長期の群集交代(特定グループがごっそり入れ替わる)
😲 粘液バリアの一時的な破綻
😲 免疫応答の変化
などが観察されました。
5)パーキンソン病:腸内細菌は薬を化学変換する
大規模な培養実験では、271種類の内服薬のうち、66%が、少なくとも1種類の腸内細菌によって代謝(化学変換)されました。
一方で、ヒトの細胞を狙うはずの“非・抗菌薬”の、およそ4分の1が、腸内細菌の増殖を抑える作用を示したという報告もあります。
つまり、「薬➡腸」「腸➡薬」という影響が、同時進行しているケースが珍しくないのです。
その代表的な例が、パーキンソン病治療薬レボドパです。
エンテロコッカス菌などは、腸内でレボドパをドーパミンへ変えてしまうため、レポドバが脳に届く量が減ってしまうことが示されています。
さらに、一部の菌(Eggerthella lentaなど)は、ドーパミンを「m-チラミン」に変えて血圧上昇を招く可能性があります。
それと同時に、腸内細菌が、レボドパと併用されるエンタカポンという薬を、高効率で分解する一方、エンタカポンが特定の菌の増殖を抑えるといった「綱引き」も観察されています。
薬と腸内細菌の駆け引きは、まさに双方向なのです。
6) がん:免疫チェックポイント阻害薬と腸の関係
PD-1/PD-L1、CTLA-4といった免疫チェックポイント阻害薬の効き目も、腸内細菌の顔ぶれに左右されることが分かってきました。
動物実験では、ビフィドバクテリウムやアッカーマンシアなど特定の菌が多い腸内では、抗腫瘍免疫が強まることが示されています。
その一方で、ヒトの研究では、抗菌薬やPPIを使用すると、治療成績が悪化しやすいことが報告されています。
最近では、食事・プロバイオティクス・糞便移植(FMT)などで腸内環境を整えて、「治療の土台」を補強しようとする臨床実験が進んでいます。
7)腸内細菌は薬剤に影響を与える
薬の多くは、口を通って腸内に進むため、腸内に生息する何千種類もの腸内細菌と遭遇することになります。
その結果として、双方向的な相互作用が生じます。
薬物は腸内の微小環境を変え、腸内細菌の増殖、構成、機能に影響を及ぼす可能性があります。
その一方で、腸内細菌は、薬物の構造を酵素的に変換し、
✅ 生物学的利用能
✅ 生物活性
✅ 毒性
を変化させることにより、特定の薬物に対する個人の反応に、直接的な影響を与えます。
ヒトの遺伝子とは違って、腸内細菌の組成は修正可能なので、治療を最適化する余地があります。
薬物と腸内細菌の相互作用メカニズム
これまでの実験や観察によって、薬物と腸内細菌の相互作用メカニズムが明らかになりつつあります。
1)腸内毒素症(腸内環境の乱れ)
プロトンポンプ阻害薬(PPI)は、胃の酸性バリアを低下させ、口腔内の微生物が胃を通過して腸内へ移行することを可能にし、結果として「腸内毒素症(腸内環境の乱れ)」を引き起こします。
薬物投与によって、腸内環境が悪化する場合があることの好例です。
2)腸内細菌の顔ぶれを変える
薬物は、腸内微小環境を変化させ、腸内細菌の増殖に直接的な影響を与えます。その結果、腸内細菌の組成、すなわち顔ぶれが変わってしまいます。
例えば、メトホルミンは、腸内で、短鎖脂肪酸産生菌や大腸菌を増やします。短鎖脂肪酸産生菌は治療効果を増幅させる一方、大腸菌は下痢や膨満感を引き起こします。

8) まとめ: 薬と腸内細菌の相互作用
これまでの研究によって、非・抗菌薬であっても、腸内の生態系を大きく動かしうることが示されています。
その一方で、腸内細菌は、薬を化学的に作り変える力を有しています。
薬と腸内細菌の相互作用がわかれば、より良い「薬の効かせ方」を構築しやすくなります。
近い将来、食事・プロバイオティクス・プレバイオティクス・FMTなどで腸の環境を整えることで、薬の効き目を最大化し、副作用を最小化する治療法が、当たり前になっていくことでしょう。