以下、The gut microbiota: a major player in the toxicity of environmental pollutants? 2016 「腸内細菌による環境汚染物質の解毒」という論文の翻訳です。
腸内細菌による環境汚染物質の解毒② の続きです。
翻訳文責:
一社)化学物質過敏症・対策情報センター
代表理事 上岡みやえ
目次
腸内細菌によって代謝される環境化学物質
ポリクロロビフェニル(PCB)
PCBは、209種類に及ぶ、難分解性の化学物質のグループを作り出しています。
1920年代後半に、最初に商用利用されて以来、世界中で100万トンを超えるPCB混合物が生産されてきました。
環境中のPCBへのばく露によって、乳がん発症リスクの増加 [50]、生殖への悪影響 [51]、神経発達の遅延 [52]、免疫系の障害 [53] 、代謝障害 [42] がもたらされます。
1980年代後半以降、ほとんどの工業国で、PCBの製造、加工、流通は禁止されてきましたが、不適切な廃棄習慣、電気機器や油圧システムからの漏洩によって、PCBは、依然として環境に放出され続けています。
ヒトの PCB へのばく露ルートは、主として汚染された食べ物ですが、呼吸ならびに皮膚吸収というルートもあります。
PCB は、肝臓のチトクロムP450 によって酸化され、活性化します。そして、アレーンオキシド中間体が形成されていきます。
哺乳動物では、さらに2つの代謝経路が報告されています。
ビフェニロールを生成する「ヒドロキシル化」と、代謝物を生成する「メルカプツール酸経路の代謝」です [54]。
主な代謝経路は、一般的に、排泄の後に起きるヒドロキシル化です。
しかしながら、組織内には、PCB の代謝物メチルスルホン(MeSO2)が、大量に蓄積されていきます。
アレーンオキシド中間体は、グルタチオン抱合されます。グルタチオン抱合体は切断されて PCB-システイン抱合体が生成されます。PCB-システイン抱合体は、細菌のC-S-リアーゼ酵素によってさらに切断され、PCBチオールが生成されていきます。
PCBチオールは、消化管で、PCBメチルスルフィド(MeS-PCB)へとメチル化され、肝臓で吸収され、対応するMeSO2-PCB に酸化されます。
つまり、腸内細菌は、MeSO2-PCB の生成に、重要な役割を果たしているのです[55]。
通常マウスと無菌マウスに、標識物質 2,4',5-トリクロロビフェニル(PCBの一種)を注射すると、MeSO2-triCB が蓄積している無菌マウスでは、脂肪組織[48]、肺、腎臓、肝臓[56]の放射能レベルが、通常マウスよりも15倍高いことが報告されています。
PCB が、細菌を介して MeSO2-PCB へと代謝される過程は、特定のタンパク質に結合し、親油性組織に蓄積していくことから、毒物学的なメカニズムが働いているといえます[54]。
この代謝過程が、ヒトに起きると、MeSO2-PCB が肝臓、肺、脂肪組織に蓄積するため、大規模な食中毒被害者研究において観察されるような、慢性的な肺機能障害の原因となる可能性があります[57]。
金 属
水銀、鉛、カドミウム、ヒ素など、多くの金属は、生物にとって、強力な毒性物質です。
金属の吸収と排泄の速度、金属が生物学的効果を発揮する組織への沈着状態は、金属の化学的形態に大きく左右されます。
したがって、金属の様々な化学的形態における相互変換を研究することは、健康への影響の可能性を評価するために重要となります[58]。
水銀は元素として、あるいは無機化合物、有機化合物として存在する可能性がありますが、それぞれに異なる毒物学的特性を有しています。
水銀のなかでは、有機化合物の毒性が高い場合が多く、ヒトの水銀汚染は、主に、メチル水銀によってもたらされます。
水銀の摂取源は、水銀汚染された魚などの海産物です。
試験管試験では、塩化メチル水銀を、ラット、マウス、およびヒトの糞便とともに培養すると、水銀元素が生成されます [58,59]。
生体実験では、水銀除去においては、細菌の脱メチル化が重要であることが確認されています。腸内細菌が少ない、あるいは欠如している場合には、水銀を糞便中へと排泄しにくくなることを示した研究では、腸内細菌の少なさや欠如と、ほとんどの組織(メチル水銀の毒性が発揮される主要部位である脳を含む)への水銀蓄積量の増加と関連していることも報告されています [60-62]。
ヒ素は、有機化合物であっても無機化合物であっても、3価または5価の状態で、環境中の至るところに存在する汚染物質です。
ヒ素の摂取源は、ヒ素汚染された魚や甲殻類などです。
ヒ素への慢性的ばく露は、膀胱がん、肝臓がん、腎臓がん、肺がんの発症に関連しています [63]。
ラットでは、盲腸の細菌が、ヒ素酸を「iAsV」から「iAsIII」へと還元しているという報告があります [64]。
ヒトでは、「iAs」は順次メチル化され、主にジメチルアルシン酸として排出されます。
従来、このメチル化は無害化プロセスであると考えられていました。しかし、反応性の高いメチル化中間体(モノメチルアルソン酸MMAIIIおよびジメチルアルシン酸DMAIII)が形成されることから、メチル化は、活性化プロセスとして再考されているところです。
げっ歯類およびヒトの腸内細菌は、「iAs」を、モノメチルアルソン酸「MMAV」、モノメチルアルソン酸「MMAIII」、モノメチルモノチオアルソン酸「MMMTAV」にメチル化します [64–66]。
「iAsV」と「iAsIII」は、小腸で急速に吸収されます。そのため、生体実験においては、全体的なメチル化プロセスに対して、腸内細菌によるヒ素のメチル化は、少ししか関与していないと考えられてきました。
ただし、土あるいは食事に含まれるヒ素は、異なる方法で消化される可能性があります。Van de Wiele らは、ヒトの結腸内の腸内細菌が、ヒ素汚染された土の中のヒ素をメチル化することを、試験管試験によって示しています [66]。
しかし、微生物によるヒ素代謝が、宿主にとって毒物学的に重要であるという直接的な証拠は、まだ得られていません。
ビスマスは、医薬品、化粧品、触媒作用、工業用顔料、合金、セラミック添加剤に広く使用されている金属です。
ヒトの糞便サンプルと、マウスの腸から分離した組織を、生体外で嫌気性培養した中では、ビスマスは、毒性のある揮発性誘導体トリメチルビスマスへと変換されました。しかし、無菌マウスの腸組織では、ビスマスはトリメチルビスマスに変換されませんでした。
ヒ素、アンチモン、スズ、鉛など他の元素の揮発性誘導体の生成速度が、ヒトの糞便とマウスの腸組織を嫌気性培養した中では速くなることから、メタロイド変換反応において、ヒトの糞便に、相乗的な相互作用があることが示唆されています。
揮発性誘導体は通常、無機前駆体よりも毒性が高いため、腸内細菌を介した形質転換は、宿主に大きな影響を与える可能性があります。しかし、生体実験による証拠が不足しています。
ベンゼン誘導体
ニトロベンゼンなどのベンゼン誘導体は、芳香族ニトロ化合物と芳香族アミンを合成するときの起点となる物質です。
実験動物をニトロベンゼンにばく露させると、メトヘモグロビン血症が誘発され、神経系がダメージを受け、肝臓の壊死と半腎上皮の変性が引き起こされます [68]。
しかし、無菌マウスや抗生物質を投与されたラットでは、ニトロベンゼンにばく露させても、メトヘモグロビンは検出されません [69,70]。
分離した盲腸含有物を用いた生体外研究では、腸内細菌が、ニトロベンゼンを、潜在的毒性を有する中間体 ニトロソベンゼン、フェニルヒドロキシルアミン、アニリンに連続的に還元することが示されました [70]。
抗生物質治療は、還元性代謝物の排出を大幅に減少させるため、ニトロベンゼン誘発性メトヘモグロビン血症は起きにくくなります [70]。
つまり、腸内細菌は、ニトロベンゼンの代謝と毒性発現における、主たる決定要因なのです。
その一方で、腸内細菌は、ヒトや実験動物にメトヘモグロビン血症を発現させる 1,3-ジニトロベンゼンの毒性を抑制する機能も持ち合わせています。
1,3-ジニトロベンゼン の単回経口投与は、無菌ラットでは中枢神経系毒性(無力症)を引き起こしましたが、通常ラットでは変化はみられませんでした。
しかし、通常ラットに 1,3-ジニトロベンゼン を反復経口投与すると、運動失調症になりました [71]。
無菌ラットと通常ラットの間では、1,3-ジニトロベンゼンの取り込み、組織分布、排泄に、かなりの違いが観察されました [71]。そうした違いが、腸内細菌による直接的な代謝によるものなのか、無菌動物の腸壁の吸収特性など生理学的違いによるものなのかは、まだ結論が出ていません。