以下、The gut microbiota: a major player in the toxicity of environmental pollutants? 2016 「腸内細菌による環境汚染物質の解毒」という論文の翻訳です。
翻訳文責:
一社)化学物質過敏症・対策情報センター
代表理事 上岡みやえ
目次
要約/Abstract
環境化学物質へのばく露は、肥満、2型糖尿病、癌、免疫不全、生殖障害など、様々な健康障害と関連しています。そして胃腸内の細菌叢は、宿主の代謝および免疫機能に決定的に寄与しています。
本論は、腸内細菌と環境汚染物質の双方向的関係と、宿主に対する細菌と生体異物の相互作用の毒物学的関連性を評価することを目的としています。
研究には、分離された細菌、糞便または盲腸の懸濁液(無菌飼育または抗生物質で処理された動物)、および環境化学物質にさらされた腸内細菌の宿主動物を使用しました。
これまでの研究は、腸内細菌が、環境化学物質を代謝する能力を有していること、その能力が、30以上の環境汚染物質の代謝に関与している、5つの酵素ファミリー(アゾレダクターゼ、ニトロレダクターゼ、β-グルクロニダーゼ、スルファターゼ、およびβ-リアーゼ)に分類できることを示しています。
環境汚染物質が細菌によって代謝され、それが宿主の体の毒性を調節していることには、明確な証拠があります。
一方で、様々な化学物質によって構成される環境汚染物質が、腸内細菌の組成や代謝活性を変化させることも示されています。このことは、その人特有の腸内細菌型が形成される際の、大きな要因かもしれません。
こうした変化の生理学的詳細については研究されていないものの、汚染物質によって変化させられた腸内細菌は、汚染物質の毒性に寄与する可能性があります。
腸内細菌が、環境汚染物質の毒性を包括的に評価しようとするときの「主たる要因」であることを示す科学的証拠はたくさんありますが、腸内細菌の重要性は過小評価され続けています。
イントロダクション
ヒトの腸内細菌は、2つの主要な門、フィルミクテス門とバクテロイデス門に属する400〜1000の付着性および非付着性細菌種によって形成される動的な生態系です。
腸内細菌の多様性は、生後1時間以内の、非常に早い時期に獲得されることが知られています。腸内細菌の組成は、食事内容の多様化や免疫系の成熟など、時間をかけて変化していき、成人では比較的安定しています。
遺伝子型、自然出産/帝王切開、生後間もない頃の抗生物質投与、食事内容、ライフスタイル、社会的相互作用、環境中の生体異物へのばく露など、多様な要因の組み合わせによって、その個体独自の腸内細菌の組成が形成されていきます。
腸内細菌は、宿主を病原体から保護し、免疫系を調節し、難消化性食物繊維を発酵させ、ペプチドおよびタンパク質の嫌気性代謝を行い、宿主の体内時計と相互作用し生体異物を生体内変化させるなど、宿主の生命にとって重要な機能をになっています。
こうした、複雑かつ共生的な相互作用は、ヒトの遺伝子の100倍もある腸内細菌の遺伝子プールがもたらす代謝活動の賜物です。
しかし、「腸内毒素症」(腸内細菌のバランスが崩れた状態)では、肥満、炎症性腸疾患、糖尿病、肝疾患、クローン病、結腸直腸癌、アレルギーなど、代謝性疾患・免疫性疾患との関連性がみられます。
現在、産業や農業に使われる化学物質によって環境汚染が引き起こされ、それがヒトの健康を害していることが、世界的に懸念されています。
環境化学物質へのばく露が、健康被害を引き起こす環境要因の1つであることを示す研究報告は増えるばかりです。
試験管内研究、生体内研究、そして疫学研究によって、例えば、内分泌かく乱化学物質へのばく露と、肥満、メタボリックシンドローム、2型糖尿病とが関連づけられています。
腸内細菌と環境化学物質がどのように相互作用するのか、そうした相互作用が、ヒトの健康に関与しているかどうかは、まだ解明されていませんが、最近のレビューでは、腸内細菌が、環境化学物質の吸収、体内動態、代謝、排泄を変化させることにより、肥満と糖尿病に影響を与える可能性があることが示唆されています。
本論の目的は、環境化学物質と腸内細菌がどのように相互作用するのかと、そうした相互作用による毒物学的関連性を評価することです。
図1に示すように、4つの異なるタイプの相互作用が特定されています。
図1
環境化学物質と腸内細菌は、複数のメカニズムを介して相互に作用します。
(a)摂取後に吸収が不十分な環境化学物質は、蠕動によって遠位の小腸とcaecumに押し流され、血液から腸壁を横切って分配するものは、腸内細菌によって直接代謝される可能性があります。
(b)ほとんどの生体異物は無極性であるため、消化管から容易に吸収され、その後、解毒のために門脈血によって肝臓に輸送されます。肝臓は生体異物を酸化する傾向があり、グルクロン酸、硫酸塩、またはグルタチオンとの抱合体を形成します。これらは胆汁に排出され、腸内細菌の代謝が起こる腸に入ります。腸内細菌は一般に、肝臓の生体異物代謝物を脱共役および還元(=酸素の化合物から酸素を奪うこと。または、ある物質が水素と化合すること。一般的には、原子または原子団に電子を与えること)し、その結果、より低分子量の非極性分子が形成され、これは容易に再吸収されます。以前に肝臓によって抱合された代謝物の腸内細菌を介した脱抱合は、元の生体異物を再生するか、または新しい有毒な代謝物を形成する可能性があります。
(c)環境化学物質は、腸内細菌の組成にも干渉する可能性があり、宿主に有害な結果をもたらす可能性があります。
(d)汚染物質は、腸内細菌の代謝活性も変化させる可能性があり、内因性代謝物の活性や、腸内細菌の代謝に依存する他の生体異物の毒性に影響を与える可能性があります。
腸内細菌は、摂取時(図1a)または肝臓による結合後(図1b)に、様々な環境化学物質を代謝している可能性があります。
環境化学物質が、腸内細菌の組成(図1c)および/または代謝活性(図1d)を阻害し、宿主に有害な結果をもたらしている可能性もあります。
表1は、本論で提示している様々な化合物のばく露レベルに関する情報と、胃腸内細菌との相互作用について要約したものです。
(表1「化学物質と腸内細菌」は転載省略)
腸内細菌による環境化学物質の代謝
何十年も前から、腸内細菌が、生体異物の生体内変化に関与していることは知られていました。
1973年、Schelineは、腸内細菌が、外来の化合物を代謝している可能性があり、その代謝量は、少なくとも肝臓と同等であることを示しました。[17]
それ以来、腸内細菌によって代謝される薬物基質は、40以上が同定されており[5,18–21]、腸内細菌が薬物に対して多様な化学変換を実行する能力ーーー還元、加水分解、コハク酸基の除去、脱ヒドロキシル化、アセチル化、脱アセチル化、N-オキシド結合の切断、タンパク質分解、脱硝、脱共役、チアゾール開環、脱グリコシル化および脱メチル化などーーーがあることが強調されています。
HaiserとTurnbaugh は最近、特に環境化学物質の代謝に関してバイオレメディエーション研究との関連性を指摘しました。[20]
環境汚染物質に対する腸内細菌の生体触媒反応のカタログには、現在、約1,369の化合物に影響を与える529の腸内細菌によって実行される約1,500の反応がリストされています。[22]
腸内細菌は、土壌環境よりも多様性が低いと考えられていますが[23]、それにもかかわらず、これらの発見は、腸内細菌が環境化学物質を代謝する重要な、しかし過小評価された能力を持っている可能性があることを示唆しています。
胃腸管は、生体異物が人体に入ってくる、主経路です。
細菌代謝の速度と程度は、細菌濃度が最大となる遠位大腸(大腸のうち、口から遠く、肛門に近い部分のこと。直腸やS字結腸など)に到達する生体異物の量に影響されます。
環境化学物質は、摂取後には吸収されにくいため、蠕動によって遠位の小腸や盲腸に押し流される可能性があります。
あるいは、環境化学物質とその代謝物は、腸壁を越えて、血液から腸内に流入している可能性があります。
その結果、多くの化学物質が腸内細菌によって直接代謝されることになります(図1a)。
環境化学物質(またはそれらの代謝物)も胆汁中に排泄される可能性があります。ほとんどの生体異物は非極性であるため、消化管に吸収され、無毒化するために門脈血によって肝臓に輸送されます。
肝臓は、一般に、生体異物を酸化し、グルクロン酸、硫酸塩、またはグルタチオン抱合体を生成します。
抱合反応によって排泄が促進されます。ほとんどの場合、抱合体は尿中に排泄されますが、胆汁中に排泄されることもあります。
化学物質が胆汁に排泄されるかどうかを決定する要因は、完全には理解されていません。
一般的な規則として、低分子量の化合物(<325 kDa)は胆汁への排泄が不十分ですが、高分子量の化合物(> 325)ほど排泄されやすくなります。[24]
胆汁に分泌された抱合体は、消化管からの吸収量が大きく変動する小腸に移動します。
そこで吸収されなかったものは大腸に移動し、そこで腸内細菌によって代謝される可能性があります(図1b)。
腸内細菌は、肝臓で代謝された生体異物を脱共役させて減少させる傾向があるため、より低分子量の非極性分子が形成されます。これらは容易に肝臓へと再吸収されます。
これらの非極性分子が、肝臓へ再吸収されることを「腸肝循環」と呼びます。
腸肝循環によって、胆汁酸やステロイドなどの体内の内因性基質の貯蔵と再利用がコントロールされています。
しかし、腸肝循環によって、環境化学物質の体外排出が遅れてしまいます。
本章では、腸内細菌の生体異物を代謝する能力について簡単に説明します。
次に、腸内細菌の基質として特定された環境汚染物質のいくつかを紹介します。
そして、これらの汚染物質を化学物質のクラスごとに検討するとともに、各化学物質の腸内細菌を介した代謝について、その毒物学的関連性について説明していきます。
本論だけでは、すべての生体異物の詳細を議論することは不可能であるため、補足資料として、腸内細菌と環境汚染物質との相互作用に由来する基質のより網羅的なリストを提供します(表1)。
さらに、図2では、生体異物と、腸内細菌によってつくられた、生体異物の代謝物を示しています。