一般社団法人化学物質過敏症・対策情報センター

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化学物質の毒性評価: 毒性は「量」で決まる…わけではなかった

 

16世紀の医師パラケルススは、こんな言葉を残しました。

すべての物質は毒である。毒でないものはなく、量が毒か薬かを決める。

この考え方は、現代の毒性学の基本にもなっています。

たとえば──
・水でさえも、飲みすぎれば「水中毒」になる
・塩や酸素も、摂りすぎると身体に悪影響が出る
・ビタミンやミネラルも、過剰摂取すると体調不良を引き起こす

どんなに「身体にいい」とされる物質でも、量が過ぎれば毒になるーーーその逆に、「毒」とされる物質でも、微量なら薬になることもあるーーーというわけです。

しかし、近年の研究によって、この考え方だけでは説明できないこと、すなわち、ごくわずかな量でも影響が出る化学物質が存在することが、科学的に明らかになってきています。

 

🔵従来の毒性評価の考え方

これまでの毒性評価は、「量が増えれば影響も増える」という直線的な考え方を前提にしてきました。

毒性の直線モデル


この考え方に立つと、「量が十分に少なければ、影響は出ないはずだ」という発想が自然に生まれます。

つまり、どこかに「影響が出ないライン」が存在するはずだ、と考えられてきたのです。

そこで化学者たちは、さまざまな量の化学物質を実験動物与え、「影響が出なかった最大の量」を探し出してきました。それが「NOAEL:Non-Observed Adverse Effect Level, 無毒性量」です。

 

NOAELとは
●定義●
複数の投与量で試験を行い、有害な影響が認められなかった最も高い用量。
●単位● 
通常、体重1kgあたりの1日あたりの物質量(mg/kg/日)で表される。
●目的● 
NOAELに安全係数を乗じてヒトへの許容摂取量(ADI: Acceptable Daily Intake)などを設定し、安全な使用基準の目安とする。

 

NOAELは、食品添加物や化学物質のリスク評価において、ヒトが一生涯摂取しても安全な量(ADIなど)を算定するための重要な指標として使われています。

しかし近年、この「NOAELに基づく安全評価」の不十分さを示すような研究報告が増えているのです。


🔵量の大小だけでは評価できない毒性がある

これまでの毒性評価は、「量が増えれば影響も増える」という直線的な考え方を前提にしてきました。

しかし、すべての化学物質がこのような単純なふるまいをするわけではないことが、近年の研究によってわかってきています。その代表例が、U字型カーブと呼ばれる毒性の現れ方です。

毒性のU字型カーブ

 

U字型カーブを示す化学物質では、

✔ NOAELをはるかに超える量では、誰の目にも明らかな毒性が現れ、
✔ NOAEL付近では、「影響がない」と判断されるような反応しか見えないにもかかわらず、
✔ そのさらに低い量の領域で、従来の試験では見落とされがちな別の影響が現れる

という、直線モデルとはまったく異なる挙動を示します。

このように「少ないから影響がない」という従来の考え方に合致しない性質をもつ化学物質に対しては、「ある量以下なら安全」と線を引くこと自体が難しくなります。

さらに、一部の化学物質では、W字型のような、より複雑な反応が見られることもあります。

これは、量を増減させる中で、影響が現れたり消えたりを繰り返すような挙動を示すもので、「量が多いほど危険」「少なければ安全」という単純な枠組みでは、到底説明できません。

毒性のW字カーブ

 

U字型カーブ、W字型カーブなどに示される「非直線的な影響」は、特に、内分泌かく乱作用(ホルモンの働きを乱す作用)をもつ化学物質において、多く報告されています。

ホルモンはもともと、体内でごく微量でも強い作用を発揮するため、それに似た働きをする化学物質もまた、ごくわずかな量で作用してしまうことがあるのです。

つまり、毒性の現れ方は、「量が多いか少ないか」だけではなく、その物質の性質や、体の仕組みとの関係によって大きく左右されるということです。

もしこのような性質を持つ物質に対して、今までどおり「影響が出なかった最大量=NOAEL」を基準に安全性を判断してしまうと、それよりも少ない量で悪影響が出ているケースを見逃してしまう可能性があるのです。


🔵毒性は人によって変わる

従来の毒性評価では、「同じ量にばく露しても、すべての人に同じ影響が出るわけではない」という点が、十分に考慮されていませんでした。

人間の体は、人それぞれ異なります。

化学物質への反応度合いもまた、年齢、性別、体格、遺伝的要素、持病の有無、生活習慣、栄養状態、これまでどのような化学物質にさらされてきたかという生活史によって、大きく異なります。

同じ量の香料成分にばく露しても、まったく大丈夫な人がいる一方で、頭痛や吐き気、呼吸困難、強い倦怠感などの症状に見舞われる人がいるのは、その好例です。

毒性学の世界では、このような個人差を「感受性の違い」と呼びます。

化学物質に対して強く反応してしまう人は「高感受性者」に分類されます。乳幼児、妊婦、高齢者、慢性疾患を持つ人、そして化学物質過敏症のような状態にある人は、特に影響を受けやすいことが知られています。

それに加えて、今の時代においては、アレルギーや喘息、アトピー、自己免疫疾患、生活習慣病、原因不明の体調不良など、何らかの不調に悩む人は増え続けています。むしろ、「まったく不調のない健康な大人」のほうが少数派になりつつあります。

それにもかかわらず、化学物質の安全基準の多くは、その少数派になりつつある「健康な成人」を想定して作られているのです。

「安全基準値以下だから安全」という判断に当てはまるのは、今では「少数派になりつつある健康な成人」だけ、というのが実情なのです。

 

🔵複合ばく露&長期ばく露

私たちの身の回りには、洗剤、柔軟剤、消臭剤、シャンプー、化粧品、食品添加物、農薬、医薬品、大気汚染物質など、無数の化学物質が存在しています。

私たちは日常的に、無数の化学物質を使用しながら体内にとりこんでいます。


複数の化学物質に同時にばく露することを「複合ばく露」と呼びます。

しかし、これまで説明してきた毒性評価方法は、基本的に「ひとつの物質を単独で見たときの安全性」を基準にしています。

それぞれが基準値以下であれば「安全」とされますが、それらが同時に体内にとりこまれたときに、どのような影響が出るかまでは、十分に評価されているとは言えません。

たとえば、Aという物質単体では問題がなく、Bという物質単体でも問題がなくても、AとB が同時に体に入ることで、影響が強く出る場合があります。これは、薬の飲み合わせが問題になるのと同じ、ごく自然な現象です。

つまり、「ひとつひとつは安全だから、全部合わせても安全」とは、必ずしも言えないのです。

さらに注意すべきなのが「長期ばく露」という問題です。

多くの毒性試験は、比較的短い期間の中で、はっきりした異常が出るかどうかを調べるものです。

しかし、私たちは実際には、無数の化学物質に「毎日」「少しずつ」「何年も何十年も」という形でばく露しています。

その結果、今すぐに体調不良が出なくても、長期間にわたるばく露の積み重ねによって、ある日突然、体調が崩れることがあります。

化学物質過敏症や香料過敏症が、ある日突然発症したように見えるのも、実際には長期ばく露の結果であることが少なくありません。

この「複合ばく露」と「長期ばく露」が組み合わさることで、毒性の問題はさらに複雑になります。

しかも、この影響は、今生きている私たちの体調だけにとどまらない可能性もあります。

近年の研究では、一部の化学物質が、「遺伝子の働き方」に影響を与えることがわかってきています。これをエピジェネティクス(後天的な遺伝子調節)と呼びます。

化学物質へのばく露が、本人だけでなく、次の世代、そのまた次の世代の体質や病気のなりやすさに影響する可能性があるということです。

つまり、化学物質の問題は、「今の私たちが困るかどうか」だけではなく、「これから生まれてくる世代に、どんな影響が現れるのか」という視点からも考える必要があるのです。

 

🔵まとめ

「毒性は量で決まる」という考え方は、今も重要な原則です。

しかし、現代の私たちの暮らしの中では、それだけでは説明しきれない現象が数多く起きています。

✅ ごく微量でも影響が出る物質があること
✅ 量と影響が単純な比例関係にならないこと
✅ 人によって反応が大きく異なること
✅ 複数の化学物質に同時に、長期間さらされていること
✅ その影響が、将来世代にまで及ぶ可能性があること

これらを踏まえると、「安全基準値以下だから安全」「微量だから問題ない」という判断によっては、私たちの健康や、将来世代の健康を守れるとは限らないことが見えてきます。

自分と家族を守るには、毒性評価の枠組みそのものが前時代的なレベルにとどまっていることを認識するとともに、できるだけ有害な化学物質を使わないようにすることが大切だと言えるでしょう。


【参考資料】
Hormones and Endocrine-Disrupting Chemicals: Low-Dose Effects and Nonmonotonic Dose Responses Endocrine Reviews

Non-Monotonic Dose Responses in Studies of Endocrine Disrupting Chemicals: Bisphenol A as a Case Study  Dose Response

Non-monotonic dose-response relationships and endocrine disruptors: a qualitative method of assessment Springer Nature Link

食品安全委員会|「一日摂取許容量(ADI)とは?」(PDF)

環境省|内分泌かく乱作用に関する今後の対応(PDF)