腸内細菌は、酵素やビタミンを生成し、外来性病原体から体を守ってくれていますが、抗生物質を投与すると、腸内細菌のバランスが崩れ、病原性のある細菌が異常増殖してしまう場合があります。腸に穴があくと、本来は無菌状態の組織へ腸内細菌が流出してしまうため、体に害となります。
以下、腸内細菌の役割について要領よく説明されていた Medical Microbiology. 4th edition. Chapter 95Microbiology of the Gastrointestinal Tract
から抜粋し和訳したものです。
腸肝循環
肝臓で作られた胆汁は、胆管から十二指腸へと分泌されます。胆汁に含まれる胆汁酸は、腸粘膜から再吸収され、門脈(肝臓に注ぐ血管)を介して肝臓に戻されます。このサイクルを腸肝循環といいます。
腸肝循環の中心的役割を果たすのは、腸内細菌によって産生される酵素です。
グルクロン酸、硫酸、タウリン、グリシン、グルタチオンなどの極性基に結合している抱合体も腸肝循環します。
腸粘膜に吸収されにくい抱合体は、β-グルクロニダーゼ、スルファターゼ、グリコシダーゼなど腸内細菌が生成する酵素によって分解され、腸粘膜から吸収されやすい化合物になります。
ビリルビン、胆汁酸、コレステロール、エストロゲン、ビタミンDの代謝産物など内因性化合物は腸肝循環します。
さらに、ジギタリス、ジエチルスチルベストロール、モルヒネ、コルヒチン、リファンピン、クロラムフェニコールなど、肝臓から排出される多くの薬剤が腸肝循環のサイクルに入ります。
抗生物質は、腸内細菌叢を抑制するため、酵素が減少し、腸肝循環機能が低下します。
腸肝循環する薬を飲んでいる人に抗生物質を投与すると、腸肝循環機能が低下するため、薬は糞便中に排泄されていきます。
例えばですが、経口避妊薬のエストロゲンを服用している人に抗生物質を投与すると、エストロゲンの血中濃度は低下し、薬効を得られる時間も短くなります。
微生物叢と栄養
腸内細菌が産生する酵素は、いくつかのビタミン代謝に重要です。
腸内細菌はビタミンKを合成します。ビタミンKは、プロトロンビンなど血液を凝固させる物質の産生に関与しています。
ビタミンKが少ない食事をしている人では、抗生物質で治療すると、血液中のプロトロンビン濃度が低下し、出血する傾向があります。
腸内細菌は、ビオチン、ビタミンB12、葉酸、およびチアミンも合成します。
腸内細菌は、酢酸、プロピオン酸、酪酸などの短鎖脂肪酸に消化できない炭水化物(食物繊維)を発酵させることができます。
ヒトの結腸におけるこのような発酵性炭水化物の主な供給源は、ペクチン、セルロース、ヘミセルロースなどの食物繊維です。
バクテリアが、これらの食物繊維から生成する酸は、宿主にとっては重要なエネルギー源となります。
牛乳中のラクトースを加水分解する酵素、腸ラクターゼが不足している人では、ラクトースは十分に消化されず、腸吸収されません。そのため、大腸に到達したラクトースは腸内で発酵し、膨満感、おなら、下痢が起こります。
腸内細菌と感染症
あまたの生態系がそうであるように、腸内細菌叢は比較的安定しており、腸の各領域でほぼ一定の数と種類の細菌を維持しています。
腸内環境が、正常な状態で安定している場合には、外因性病原体による感染を阻止し、腸内に存在している腸内細菌のうち、病原性を発揮する可能性があるものの増殖を防ぎます。
不潔な食物や水を摂取することで、体内に流入してきた細菌は、腸内に定着している細菌叢によって、増殖が抑制されます。これは、腸内細菌が、外因性病原体の増殖をとめる抗菌物質(バクテリオシンや短鎖脂肪酸など)を産生することに関係しています。
ところが、抗生物質が投与されると、腸内細菌のバランスが崩れ、感染症にかかりやすくなったり、病原性を有する菌を異常増殖させてしまう可能性があります。
それを表象するのが、サルモネラ菌による食中毒です。健康な人は、サルモネラ菌に対して高い耐性があるため、よほど大量に食べない限りは、食中毒を起こすことはありません。
ところが、腸内細菌の働きが抗生物質によって抑制されると、その人の外因性病原体への感受性が高くなり、わずかな量のサルモネラ菌であっても食中毒を起こしやすくなるのです。
潜在的な病原体の異常増殖
定着している腸内細菌には、増殖しすぎると病気を引き起こすものが含まれています。
たとえば、クロストリジウムディフィシルの異常増殖は、下痢を伴う結腸の重度の炎症(偽膜性大腸炎)を引き起こします。抗生物質の投与によって、正常な腸内細菌叢の働きが抑制されます。
腹膜炎
腸壁が壊された場合には、定着している腸内細菌が、腹膜炎の原因となります。
腸壁は、外傷(ナイフの傷、銃創、鈍的外傷)、病気(虫垂炎、腸癌の貫通)、または外科的手術によって穴があく場合があります。
腸壁のバリア機能が破られると、細菌は腸壁を通って、通常は無菌状態の腹膜腔および周囲の組織へと侵入します。
その結果、循環不良となり、酸素供給が低下し、腸にあいた穴付近の死んだ組織は膿瘍が形成され、特に嫌気性細菌が増殖していきます。