一般社団法人化学物質過敏症・対策情報センター

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2023年 化学物質過敏症研究の最前線 4/7

 

Multiple chemical sensitivity: It's time to catch up to the science(2023)「化学物質過敏症:科学的に解明され始めてきた」という論文の翻訳です。

 

2023年 化学物質過敏症研究の最前線 3/7 の続きです。


翻訳文責:

一社)化学物質過敏症・対策情報センター
代表理事 上岡みやえ

 

7 化学物質過敏症(MCS)と臭気のしきい値

理解すべきポイントは、化学物質過敏症(MCS)が、化学物質に対する受容体の感作によって、少なくとも、部分的に説明されるという点です。

化学物質過敏症(MCS)患者は、自分の反応が特定の化学物質によって引き起こされると考えます。なぜなら、その化学物質特有の臭いによって、その化学物質を識別できるからです。

化学物質過敏症(MCS)研究者の中には、他者より強い嗅覚を有していることが、患者が主張する特徴的な症状の 1 つであるため、化学物質過敏症(MCS)は、臭気に対する不耐症であると考える人もいます。

しかし、複数の研究によって、化学物質過敏症(MCS)の臭気の検出値、あるいは、臭気を識別するしきい値が、特に低いわけではないことが示されています。

この矛盾は、化学物質過敏症(MCS)患者の嗅覚は鋭敏だという認識を無効にしてしまいます。

その結果、症状が臭気によって引き起こされる場合、それは、精神医学的な症状であるはずだと考えられてきました。

嗅覚の違いを検出できなかったのは、これまでの化学物質過敏症(MCS)患者と健康な対照群とを比較する官能研究では、化学刺激に対する感度の、絶対しきい値を使用していたからだと思われます。

絶対しきい値は、古典的なしきい値理論をもとに、信号あり/なしの応答を生成する階段状の関数として、概念化されています。しかしながら、絶対しきい値は、感覚に固有の曖昧さを捉えていません。

信号検出理論 (SDT) を採用すると、新たな視点が生まれます。信号検出理論 (SDT) では、感覚システムの役割は、観測結果が、無関係なノイズサンプルにすぎないのか、あるいは、その信号がノイズの中で重要であるかどうかを判断することだと説明されています。

信号検出理論 (SDT)  は、感覚を引き起こす信号によって、ノイズが多い内部感覚が生成されること、それに気づくためには、特定のしきい値を超える必要があることを前提としています。

感度とは、刺激がどれだけはっきりと知覚されるかという意味です。

Andersson らは、 信号検出理論 (SDT)  を使用して、自己申告による化学物質不耐症は、感覚過敏症になるのか、あるいは反応バイアスに関連しているのかどうかを調査しました。そして、化学物質不耐症の度合い悪化するほど、感覚基準が低い (より緩やか) ことが判明しました。

Andersson は、この結果は、感覚神経の状態の変化、たとえば、神経の興奮性が高まった状態や、神経信号の持続時間が、通常よりも通常より長いことによる可能性があると指摘しています。

こうしたことは、TRPV1 および TRPA1 受容体の感作によって発生する可能性があります。

認知的要因が、バイアスを決定づける重要な要因であることは明らかですが、バイアスの一部は、感覚の符号化への影響によるものであるとも言われています。

感作は、同じ刺激に、繰り返しばく露することによって、少しずつ増加していくと説明されています。

最近の化学物質過敏症(MCS)への fMRI 試験研究は、匂いへの感作と慣れが、痛みの調節に関与している脳領域に影響を与えているかどうか、そのような反応と、自己申告による化学物質不耐症との間に関連性があるかどうかを見極めるために行われています。

この研究では、自己申告による化学物質不耐症の女性と対照群の女性の合計58人に、刺激しきい値をはるかに下回るレベルの酢酸アミルに30秒間、13.5%濃度の二酸化炭素に30秒間、それぞれ20回連続でばく露させながら、fMRI検査を受けてもらいました。

酢酸アミルと二酸化炭素は、三叉神経(三叉神経◆顔の感覚を脳に伝える末梢神経のひとつ。 皮膚にくまなく分布して、軽くさわった感じ(触覚)、痛み(痛覚)、熱い冷たい(温度覚)などの感覚情報のセンサー)に影響を与える物質として選ばれました。

二酸化炭素は、ほぼ独占的に三叉神経系を刺激する無臭ガスなので、鼻腔内の三叉神経感覚を、嗅覚から切り離して評価できます。

ばく露に関する感覚が、繰り返し評価されました。ばく露量は一定ですが、実験中に、ばく露量が増えていると評価した被験者は、「過敏症」として識別されました。

実験中に、暴露量が減っていると評価した被験者は、「馴化症」とみなされました。

この研究では、被験者募集に際して、被験者には、スキャン実験の数週間前に、「化学物質過敏症スケール (CSS) 」(臭気物質や刺激物質に対する自己申告の感情反応や行動の混乱を定量化するためのアンケート )に答えてもらっています。

化学物質過敏症スケール (CSS)は、感覚過敏症患者を、健康な対照群と区別するときの精度が高いことが実証されており、カプサイシン吸入時の感受性にも、直接的に関連しています。

観察された脳活動の変化とともに、化学物質過敏症スケール (CSS)では、馴化症よりも過敏症のスコアのほうが、はるかに高いことが示されました。このことは、感作物質が TRPV1 受容体を感作している可能性が高いことを意味しています。

馴化症よりも、嗅覚過敏症のほうが、三叉神経標的へのばく露量が大きく増えていると評価しています。

 

 

7.1. 注意バイアスと嗅覚

「注意バイアス」の概念は、感作に強く関与します。注意バイアスによって、他の刺激よりも、ある特定の刺激の処理が、優先されるようになります。

注意バイアスとは、脅威となる情報に対して、すぐに注意を向けられること、あるいは自動的に注意してしまうことを意味します。脅威となる刺激から注意をそらす能力にも影響を与えます。

情報処理には、脳の大脳辺縁系領域が関与しています。注意バイアスを有する人は、脅威をもたらす情報の処理が速いです。

化学物質過敏症(MCS) 患者は、化学物質へのばく露に際して、注意バイアスを有していることが示唆されています。

つまり、化学物質過敏症(MCS)患者では、バックグラウンドノイズから化学物質の臭いを特定して区別し、その物質を回避するような注意バイアスが働くため、特定の化学物質にばく露しているときの情報処理が最優先されているのです。

 

化学物質過敏症(MCS)患者が注意バイアスを有していることは、誘発された反応電位の測定を通して示されています。化学物質過敏症(MCS)患者は、健康な対照群とは異なり、化学物質にばく露すると、それを無視することが困難になります。

化学物質過敏症(MCS)患者は、対照群に比べると、全体的な反応時間が速く、化学的感覚刺激の知覚強度は、時間経過によっては減少しませんでした。

このことの有意性は、感作に関連します。

つまり、(ばく露した化学物質への)反応時間が速くなる、感覚の過敏性が増す、認知と不安が増加するなどの注意バイアスによって、嗅覚過敏になったと感じやすくなっている可能性があるわけです。

また、負の刺激は、正の刺激より少ない場合でも、認知されやすいという点については、確固たる証拠があります。それらは、負の刺激の方が、より速く、より効率的に処理されることを示しています。

 

2023年 化学物質過敏症研究の最前線 5/7 に続く